牧野富太郎博士が朝ドラに どんな人? 「植物学の父」地元沸く

2022年2月17日 07時06分

牧野富太郎博士(1941年9月、個人蔵)

 来年春のNHK連続テレビ小説が「らんまん」に決まったと発表された。神木隆之介さんが演じる主人公は、植物学者の牧野富太郎博士(1862〜1957年)がモデル。「日本の植物学の父」とも呼ばれ、数々の功績を残した。高知生まれだが、実は東京とのゆかりも深い。
 今月二日、「らんまん」の制作が発表された二時間後、練馬区は区役所や西武池袋線練馬駅で「牧野富太郎博士 朝ドラに」と題する号外を配布した。同区広聴広報課は「急きょつくりました。練馬は緑が多いので縁を感じる」と喜ぶ。

練馬区がつくった号外

 牧野博士は亡くなるまで約三十年間、練馬区で暮らした。西武・大泉学園駅に近い邸宅跡は区立牧野記念庭園になっている。学芸員伊藤千恵さんは「ドラマの発表があってから、来場者が一気に増えました」と顔をほころばせた。
 同園には植物採集などに愛用した道具や標本が展示され、書斎も再現されている。敷地には、博士が植えたキンモクセイやヘラノキなど三百種類以上の植物が今も育っている。
 牧野博士は一八六二年、現在の高知県佐川町に生まれた。独学で植物の知識を身につけ、上京後は東京大学理学部植物学教室に出入りし、植物の研究に没頭した。一八八九(明治二十二)年、ヤマトグサを日本人として初めて新種登録した。博士が命名した植物は約千五百種類にのぼる。

牧野記念庭園に再現された書斎。記念写真も撮れる=練馬区で

 植物を求めて全国各地を駆け回り、その日のうちに押し葉にして、自宅に送った。大量の押し葉を乾燥させるのが家族の役目だったそうだ。
 博士を支えたのが妻寿衛子(すえこ)さん。園内の博士の胸像を囲むように生えているスエコザサ。博士が発見したアズマザサの変種で、亡き妻への感謝を込めて名づけた。
 晩年、博士が危篤になった時は、大勢のマスコミが自宅前にテントを張って一カ月間張り込み、病状を伝えたという。それほど国民的スターだった。

妻への感謝と愛情を込めて命名した「スエコザサ」と牧野博士の胸像=練馬区で

 学芸員田中純子さんは「牧野博士は全国に植物採集の仲間をつくっていた。ドラマが植物に興味を持ってもらえるきっかけになってくれれば」と今から放送を心待ちにしている。
 今年は博士の生誕百六十年。同園は四月から博士の功績を紹介する企画展も計画している。

◆都立大には牧野標本館

牧野記念庭園には今も博士が植えた草木がある=練馬区で

 都立大南大沢キャンパス(八王子市)の「牧野標本館」には、新種として発表した植物を含め、牧野博士が収集した約十六万点の標本が収められている。博士が新種登録した「ヤマトグサ」の標本もある。
 標本館が所蔵する植物標本の総数は約五十万点。このうち三分の一が博士の没後、遺族から寄贈された「牧野標本」だ。館長を務める村上哲明教授によると、寄せられた標本を分類するのにかかったのは約二十年。「標本が挟まれていた新聞の日付や、牧野先生の日記をもとに地道な作業が続けられた」と話す。

牧野博士の標本を確認する村上教授=八王子市の都立大で

 貴重な標本の管理には余念がない。虫食いやカビを避けるため、標本庫の入り口は二重のドアで仕切られ、室温は年間を通して二〇度、湿度は50〜60%に保っている。
 村上教授は「預かった資料を将来に受け継ぐのが役目。最近は牧野先生を知らない若者が増えてきたが、業績に光が当たるのはうれしい」と話している。
 現在、コロナ禍のため、標本館は学外に公開されていない。
 文と写真・砂上麻子、布施谷航
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