<泉麻人の気まぐれ電鉄 東京近郊>(7)大雄山の天狗と金太郎めぐり

2022年2月19日 07時10分
 泉麻人さんが、なかむらるみさんと電車で東京近郊をぶらつく散歩エッセー。その7回目です。

◆新宿→小田原:小田急・特急ロマンスカー 小田原→大雄山:伊豆箱根鉄道大雄山線

 小田急の新宿駅で箱根行きの特急「ロマンスカー」に乗る。多摩川を渡ると、向こうの丘陵が近くなって、海老名のあたりからは右方に大山と丹沢の山稜(さんりょう)が見えてくる。酒匂川(さかわがわ)の支流を渡って小田原に到着。ここからはまだ乗ったことのない伊豆箱根鉄道の大雄山線に乗ってみようと思う。気になっていた未乗の路線だ。

◆看板料理の釜飯

〔1〕

 黄色い3両編成の電車=写真〔1〕=に乗り込むと、ローカル鉄道らしい曲折した単線をのらりくらりと北方の山側へ進んでいく。富士フイルム前という企業駅の次が大雄山。もうすぐそこに山が迫っているような景色を想像していたが、そうでもない。地方小都市風の街並みが広がっている。
 お昼も近いので“釜飯”を看板料理にうたった「三好屋」という和風ファミレス系の店で釜飯(サクラエビ、アサリ、シラスなど各種あり)を食べて、道了尊行きのバスに乗った。3キロばかり先の山間にある最乗寺の道了尊というのが大雄山の第一の名所であり、また大雄山線もここへ行く参詣者のために敷かれた鉄道(大正14年開通)なのだ。

◆鬱蒼とした山道

 天狗(てんぐ)の羽団扇(はうちわ)の飾りが付いた大雄橋を渡ると、参道一丁目の停留所の先から急な上り坂になって山道めいてくる。仁王門(近くに最乗寺入り口の仁王門がある)のバス停を過ぎると鬱蒼(うっそう)とした杉に覆われた本格的な山道になって、終点の道了尊に到着。周辺に2、3軒並んだミヤゲ物屋のつくりが古めかしい。呼びこみのオバサンに試食を促された天狗せんべいは、羽団扇の格好をしたカワラせんべいだったが、店内には赤い天狗面やカラス天狗をかたどったミニチュア人形などもある。
 すでにバスで通過した仁王門のところが最乗寺の入り口になるようだが、しばらく堂宇は現れず、杉の大木の下にうら寂しい上り坂の道が続いている。小橋を右左と渡り、石段を上ったりするうちに堂宇が立ち並ぶ広場のような一角に出た。奥へ進んだ結界門の両側にカラス天狗と天狗の銅像が建立されていた。人は少ないが、逆に“真のパワースポット”のような霊気が感じられる。わかりやすい天狗物件としては、もう一つ道を迂回(うかい)したようなところにこちらは少々オモチャっぽい“天狗の赤下駄(あかげた)”が置かれていた=写真〔2〕。

〔2〕

 バスでいったん大雄山まで戻って、こんどは地蔵堂行きのバスに乗る。狩川に沿って、山間の方へと進んでいく。狭い旧道の横に最近通したような直進のトンネルをぬけて、終点の地蔵堂に到着した。三差路の真ん中に、地蔵堂と思しき堂が置かれている。
 ここまでやってきたのは、この先に点在する金太郎関係の史跡がお目当て。山道をずっと上った先がいわゆる足柄山(峠)なのだ。まぁ金太郎のモデルとされる坂田金時自体が物語性の高い人物だから、冷やかし半分の観光ではあるのだが、10分か15分か歩いたあたりに“金太郎の遊び石”というのと“金太郎生家跡”というのがあるらしい。
 地蔵堂の左手(バス停の右裏)の道を進んでいくと、あたりはのどかな山里集落といった感じで、さっき最乗寺の売店でも見かけたユズ(の木)や澄んだ湧水を引きこんだカラシ菜の畑などが見える。そんな一角の空き地に隕石(いんせき)みたいな大石がぽつんと置かれていた。

◆見過ごしそうで

 しめ飾りの紙垂(しで)がぐるりと巻かれて、金太郎との由緒書きが出ているが、そういうのがなければ見過ごしてしまうかもしれない。田んぼの端っこにあったこの大石に幼い金太郎がよじ上って遊んだそうだが、大もとは富士の噴火なんかで転がってきた溶岩かもしれない。
 そのはす向かいあたりに「金太郎生家跡」の碑がぽつんと立ち、背後に宅地跡を思わせる空き地が見られたが、縁のあるお宅が割と最近まで存在したのだろうか…。ともかく、どちらもうっかり見落としそうな素朴な雰囲気が好ましかった。
<所要時間・運賃>新宿−小田原(ロマンスカー利用)=最速約1時間・1810円/小田原−大雄山=21分・280円
<いずみ・あさと> 1956年生まれ。コラムニスト。著書に「銀ぶら百年」「大東京のらりくらりバス遊覧」など
<なかむら・るみ> 1980年生まれ。イラストレーター。著書に「おじさん図鑑」「おじさん追跡日記」など
 ◆長文版をホームページ「東京新聞ほっとWeb」で公開中。
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