程良い距離感で丁寧に 『「させていただく」の使い方』 法政大教授・椎名美智さん(65)

2022年2月20日 07時00分

本人提供

 国会答弁から芸能人の結婚発表、街なかの張り紙に至るまで、ちまたにあふれる「させていただく」という言い回し。なぜ多用されるようになったのか、本書は、敬語の歴史的な変化とその背景から解き明かす。
 古くは明治初期の三遊亭圓朝の落語に用例が見える「させていただく」は、一九九〇年代に使用が増加し、現在はブームだという。
 椎名さんは、一九五〇年代以前と七〇年代以降の二つの期間で、文学作品を中心とする本文を対象に「させていただく」の使用頻度などを調査。後の期間に使用が増え、「させていただく」の前に付く動詞の種類も広がっていることを確かめた。つまり、使いやすくなっているということだ。
 受け取り手の意識を探る調査もした。十〜八十代の男女約七百人に、アンケートで十の例文を提示。「ご契約内容について説明させていただきます」などの相手に意識が向かっている例は違和感が小さく、「○△大学を卒業させていただきました」など相手の関与が必要ない例は違和感が大きい、という結果を得た。
 そもそも敬語は、使われるうちに敬意がすり減る「敬意漸減」という宿命があり、これを補おうと新たな表現が生まれる。さらに社会構造の変化によって、従来の上下関係で使用する敬語とは違って、相手と程良い距離感を保ちつつ自分の丁寧さを示すための敬語が好まれるようになった。その代表例が、現在の「させていただく」なのだと椎名さんは説く。
 本書は、自身初の新書で「私にとってはすごい冒険だった」。というのも、長年、英語学が専門だったからだ。十年ほど前から大学院で日本語を研究する留学生を指導するうち、日本語学を修めようと考え、二〇一六年に放送大学大学院博士後期課程へ。研究テーマとして取り組んだのが「させていただく」だった。
 「ものすごく使われているということは、私たちがお互い心理的な距離を取って、親しく交われなくなっている、ということでもあると思うんです。いまは、コロナ禍で物理的な距離も求められていますよね」
 多用される一方で、違和感を抱かせることもある「させていただく」。使い方の鍵は何だろう。「あなたのことを意識していますよ、という気持ちですね。その気持ちがあれば、コミュニケーションがスムーズになるのではないでしょうか」。角川新書・九九〇円。 (北爪三記)

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