「私は後ろめたい存在」精子提供で生まれた女性 出自を知る権利、保障されず置き去りに

2022年2月20日 06時00分
<生殖医療と出自を知る権利>㊤
 生殖技術が進展する中、生まれる子が遺伝上の親を知る権利は今も保障されていない。超党派の議員連盟は、子どもの「出自を知る権利」について、今年中の法整備を目指し、生殖補助医療のルールづくりとあわせ協議中だ。日本産科婦人科学会は今月、生殖補助医療を管理する公的機関の設置を政府に要望した。置き去りにされてきた子ども自身の権利について考える。(小嶋麻友美)

◆怒りや悲しみで心が引き裂かれた

 用があれば電話をかけるし、一緒に外食に出かけることもあるが、母親との溝は埋まっていない。東京都の会社員石塚幸子さん(42)は、自分を肯定できずに20年、生きてきた。
 「後ろめたい技術で私は生まれたのか」

遺伝子上の父親がわからず、苦しみを抱えている石塚幸子さん

 提供された精子で自分が生まれたと知ったのは2002年。父親が患っている筋ジストロフィーが50%の確率で遺伝すると知り、悩んでいた大学院1年目の夏だった。ある夜、「大事な話がある」と母親に呼ばれ、普段は使わない客間で向き合い、告白された。
 「お父さんとは血がつながっていないから」
 両親は慶応大病院で、第三者の精子を使う人工授精(AID)を受けていた。父親の病気は自分と無関係と分かって一瞬、ほっとしたものの、疑問や怒り、悲しみで心が引き裂かれた。
 「自分の人生が母のうその上に成り立っているように感じた。何が本当か、分からなくなってしまった」
 母親は詳しく語らない。石塚さんが周りに相談することへの否定的な態度に、さらに傷ついた。涙が止まらず、翌月、実家を出た。研究が手につかなくなって大学院を中退。幼い頃から疎遠だった父親は何も語らぬまま、翌年亡くなった。

第三者の提供精子を使った人工授精(AID) 第三者の精子を子宮に注入する方法。日本では1948年に慶応大が初めて行い、国内で累計1万~2万人が生まれたとされる。日本産科婦人科学会によると、近年は年間3000~4000件行われ、毎年80~130人ほど生まれている。

◆提供者に会ってみたい

 日本でのAIDは戦後始まり、男性不妊の夫婦に子どもを授ける手段として慶応大を中心に行われてきた。医療機関は提供者についての情報を伏せ、生まれた子にも出生の事実を隠すのが「家族の幸せ」と一般に考えられていた。
 だが、思わぬことで秘密が明らかになる例はある。1980年代以降、欧州などでは子どもが提供者の情報を求め、「出自を知る権利」の法制化が進んだ。日本でも当事者が声を上げ始め、石塚さんが真実を知った翌年の2003年、厚生労働省の専門部会は「生まれた子のアイデンティティー確立などに重要」と権利を認める報告書をまとめた。
 「提供者に会ってみたい。『精子』ではなく『人』がいて、自分が生まれたことを実感したい」
 石塚さんらは情報の全面開示を訴えているが、生殖補助医療そのものに議論が割れる中、法整備は進まないまま20年近くになる。
 医療機関は不妊治療への影響を懸念する。慶応大は今も匿名の方針だが、「出自を知る権利」の説明を始めてから提供者の確保が難しくなり、17年にAIDの新規患者受け入れを停止した。年間1500~2000件行っていた治療は、現在300件ほどに激減している。

◆ドナー確保の体制整備を

 産婦人科の田中守教授は「20年先を想像しなければならず、提供者には難しい問題。法律も時代で変わる可能性がある」と述べ、国は権利とあわせてドナー確保の体制を整えるべきだと指摘する。
 石塚さんは、自分を生み出したAIDに賛同できない。ただ、レズビアンのカップルが精子提供者の存在を隠さず、子育てする姿は「いいな」とも思う。
 「多様な家族を認める社会に向かって、この技術が使われるのなら、社会の考えを一緒に変えていくべきだ」

出自を知る権利 生殖補助医療で生まれた子どもが、遺伝上の親について知る権利。「できる限りその父母を知る」権利を保障した国連の子どもの権利条約などを根拠に、19カ国・地域が法制化。厚生労働省の専門部会が2003年に報告書をまとめ、氏名、住所などを開示請求できるとしたが、法案化は見送られた。生まれた子の親子関係を定めた20年の民法特例法は、付則で「出自を知る権利」を「おおむね2年をめどに検討し、法的措置を講じる」とし、超党派の議連が協議している。

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