<竿と筆 文人と釣り歩く>「極上人生」 桂歌丸

2022年2月26日 07時08分

相模湖の五宝亭の桟橋でワカサギ釣りを楽しむ人たち。冷たい風が吹き湖面はさざ波が立っていた=いずれも相模原市で

◆相模湖のワカサギ 釣れてよし、釣れなくてよし

 「笑点」の司会などで人気を集めた落語家の桂歌丸師匠は無類の釣り好きで知られた。自身の人生を振り返った著作「極上人生」の中で、まだ若い頃、色紙を頼まれると「釣り有り、人生楽し、寄席の高座、その次です」としゃれのめして書いた話などを紹介している。
 特に入れ込んだのがワカサギと、ヤマメ、イワナなどの渓流魚だった。
 相模湖畔に五宝亭という船宿があり、ここの主人の五宝泰雄さんを釣りの師匠と仰いだ。
 真冬でも凍らない相模湖では当時はワカサギはボートから釣った。ボートの両舷に各五本ほどの竿(さお)を出す。それぞれの竿から五十本ほどの針が付いた糸を垂らし、ボート全体をユサユサと揺する。
 こうして一日に数百尾のワカサギを釣り上げる。
 泰雄さんに「釣りで浮気はするな」と教えられた歌丸さんは、九月から三月の寒い季節、月に四、五回も相模湖に通い、ヘラブナなど他の魚種には目もくれず、この釣りに没頭していたという。泰雄さんは二十八年前に亡くなったが、二代目の清一さん(72)が歌丸さんの釣り姿を覚えていた。
 「お弟子さんと車で来ることもありましたが、大抵は東神奈川の自宅から電車を乗り継いで一人でお見えになります。帽子を目深にかぶって、『声を出すと周りの人にばれちゃうから』とじっと黙って釣っている。背筋をぴんと伸ばして、きれいな釣りでしたよ」

桂歌丸師匠が愛用していた釣り竿を前に、師匠の思い出を語る五宝亭の五宝清一さん

 三代目の敬太さん(32)も「孫のようにかわいがってもらったけど、言葉遣いは子供にも敬語なんです」。
 落語の世界で大成した歌丸さんだったが、当初から順風満帆というわけでもなかった。横浜・真金町の娼家(しょうか)の一人息子として生まれ、中学卒業を前に五代目古今亭今輔(いますけ)師匠に入門。ところが二つ目の頃、今輔師匠と折り合いが悪くなり、出奔する。二年半後に復帰するまで、夫婦で化粧品のセールスをしながら地方回りをしていたそうだ。

相模湖で釣れたワカサギ。銀色に輝く魚体が美しい

 「そのころもセールスの途中だといってうちに来てました。まあ、お好きだったんですね」と清一さん。
 春から夏は渓流釣りに熱中した。しばしば同行したという清一さんによると、こちらの釣りは豪快だ。
 「マタギを仲間にして奥利根の山奥に小屋を構え、大イワナを狙っていたんです。一方で高座もあるし、行き帰りの時間が惜しい。それで山の頂上にヘリポートをつくり、ヘリコプターで通っていました」

五宝亭に飾られた桂歌丸師匠のサインと人形

 林道で大きなクマと遭遇し、清一さんが車で体当たりして追い払ったこともあったそうだ。「あのときも師匠はうれしそうに、また行こうといってました」
 さて釣りである。ボートではなく、五宝亭の前の桟橋から竿を出した。敬太さんが用意してくれたのは二メートルほどのリール竿。仕掛けは五メートルほどの糸に二十五本の枝を出し、小さな針が付けてある。トントンというあたりを確かめながら我慢していると、次のトントンが来る。まだ我慢。さらに我慢。四、五回目のトントンで竿を上げると、十センチほどのワカサギが数尾、こいのぼりのように風に揺らいでいた。三時間で百以上は釣ったか。思わずにんまり。いやいや歌丸さんの座右の銘は「釣れてよし、釣れなくてよし、人生竿一本」だそうだ。これが大切。
<桂歌丸(1936〜2018年)> 落語家。元落語芸術協会会長。五代目笑点司会者。著書に「岩魚の休日 ちょっとうるさい釣り行脚」なども。
 文・坂本充孝/写真・田中健、五十嵐文人
 原則毎月第3土曜日に掲載。次回の予定は3月19日。
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