がんの校長 命の教育 闘病、思い…すべて伝え「逆境にできることを」

2022年2月28日 07時07分
 末期がんを宣告され、闘病生活を送りながら、「命の教育」を続ける校長先生がいる。豊島区立千登世橋中学校の小林豊茂さん(60)。治療で髪の毛が抜け落ちても、そのままの姿で生徒の前に立ち続けてきた。伝えたいのは生きる力。コロナ禍を生きる子どもたちに、「逆境に負けてほしくない。何ができるか、どうすべきかを追求する力を育てたい」と思いを強める。

豊島区立千登世橋中 小林豊茂さん

 二〇一六年十二月一日。豊島区立明豊中学校の校長だった小林さんは、約三カ月の入院生活を終え、全校集会に臨んだ。ニット帽を取ると、ふさふさだったはずの髪の毛は、ほとんど抜け落ちていた。
 「がん患者は私のように、見た目が変わってしまうことがある。がん患者に限らず、見た目でいじめたり、からかったりはせず、温かく見守って」。本格的ながん教育の始まりだった。
 健康診断をきっかけに、最大直径四・七センチの腫瘍が肺などに見つかったのは同年夏。医師からは、ステージ4の肺腺がんと宣告された。病気知らずの小林さんにとっては、まさに青天のへきれき。働き盛りの五十五歳で、校長の仕事にも手応えを感じていたころだった。
 隣にいた妻はショックを受けていたが、小林さんに絶望感はなかった。同区では長年がん教育を推進しており、苦難を克服した患者から何度も体験談を聞いていた。「いよいよ自分の番。再び元気になって、生徒の前に戻ろう」。心は闘志でメラメラと燃えていた。

豊島区立明豊中学の校長時代、生徒にがんになって感じたことや体験を語る小林豊茂さん=本人提供

 放射線治療や抗がん剤治療が始まった。痛みが伴うこともあったが、医療関係者や家族、友人、同僚らの励ましもあり、落ち込むことはなかった。
 入退院を繰り返し、校長の仕事を続けた。病状は次第によくなり、がん教育を推進する聖マリアンナ医科大の客員教授・林和彦医師らと特別授業を行うなど、これまでに全国延べ約六十校を授業や講演で訪れた。
 がんによる一九年の死者数は約三十八万人。しかし、年間で新たに約百万人もの人ががんと診断されている。「死の病」ではなく、多くの患者は病気と闘いながら今を生きているのだ。

小林校長に寄せられた講演の感想文

 自校でも毎年、自身の体験や思いを生徒に話してきた。笑いも飛び交い、最後はいつも明るい雰囲気に包まれる。千登世橋中二年の倉井瑛花さん(14)は「これまでがんを深刻に受け止めていたけど、校長先生は前向きで驚きました」。一年の相沢ももさん(12)も、「校長先生の話を聞き、どんなにつらくても熱意があれば前に進めると思えた」と話す。
 「がんになって命のタイマーがセットされていると、分かった気がした。やるべきことは命懸けという信条がわいた。昨日より今日、今日より明日の自分が成長する生き方をしたいし、子どもたちにもしてもらいたい」と小林さん。
 コロナ禍で生徒たちは生活を制限され、病を身近に感じることも増えた。「コロナに限らず、病を患ったり、貧困に陥ったりといった逆境は起きうる。それでも『どうせ私なんて』と思うのではなく、何ができるかを考え、動き、表現できる子どもたちを育てたい」

校長室で生徒会役員の生徒と話す小林校長(右)=豊島区で

<こばやし・とよしげ> 1961年、豊島区生まれ。84年に教員となり、江戸川区や北区で14年間教諭を務めた後、葛飾区や東久留米市の教育委員会などに勤務。2008年に豊島区立千川中学校長、14年に明豊中学校長を経て、20年から現職。全国新聞教育研究協議会理事長として、学校で新聞を教材にして学習する活動「NIE」にも取り組む。著書に「校長先生、がんになる」(第三文明社)がある。
 文・中村真暁/写真・沢田将人
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