<社説>毒ぶどう酒事件 再審阻む証拠の未開示

2022年3月4日 07時02分
 重い扉は、今度も開かなかった。一九六一年、五人が死亡した名張毒ぶどう酒事件の第十次再審請求の異議審で、名古屋高裁は請求を退けた。検察側が出し渋っていた証拠の一部が開示されはしたが、なお多くが未開示のまま。再審開始判断の最高裁基準「白鳥決定」も重視されなかった。
 第十次再審請求審は、奥西勝元死刑囚が八十九歳で獄死した二〇一五年、妹の岡美代子さん(現在九十二歳)が引き継いで申し立てたが高裁が棄却。岡さんは高裁の別の部に異議を申し立てていた。
 異議審では、担当裁判長の働き掛けで、検察側は被害女性らの調書九通を開示した。確定判決は「死刑囚が毒をぶどう酒瓶に入れた後、封緘(ふうかん)紙は外れた」と認定していたが、開示された調書には「事件の直前、瓶に封緘紙は巻かれたままだった」との証言が複数あり、弁護側は矛盾を追及した。
 また、封緘紙の裏に製造時とは別種類ののりの成分が付着していたことも大学教授の鑑定で示し「真犯人は別の場所で毒を入れ、封緘紙を貼り直した」と主張した。
 一九七五年に出た「白鳥決定」は、再審開始には「確定判決の事実認定に合理的な疑いが生じる新証拠があれば足りる」と門戸を広げた。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用されるとも述べ、免田事件や島田事件など、死刑確定者への再審無罪につながった。
 しかし、名古屋高裁は、新証拠について「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たらない」と白鳥決定より高い基準で否定し、同決定の精神は生かされなかった。
 「審理が不十分だ」との弁護側主張も「失当」と退けた。だが、審理は本当に尽くされたのか。名張事件では、なお千ページ分以上の未開示証拠があるという。同事件は一審は無罪。再審請求審で開始決定が出たこともある。つまり「無罪」の心証を持った裁判官もいたということだ。再審考慮の上では、この事実は重いのではないか。
 刑事訴訟法には再審での証拠開示の規定がなく、検察側に開示を求めるか否かは、個々の担当裁判官に委ねられている。国会の法制化への動きも鈍い。
 弁護側は特別抗告する方針で、再審請求審の舞台は最高裁に移る。白鳥決定の精神を尊重し、全ての証拠を開示した上での公正な審理を望む。

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