[本音の雛祭り] 千葉県船橋市 村山まゆ美(66)

2022年3月6日 07時39分

◆わたしの絵本

イラスト・まここっと

◆300文字小説 川又千秋監修
[蛙] 愛知県弥富市・学生・16歳  荒川智哉 

 今日もまた雨が降っている。
 俯(うつむ)きながら家の鍵を出すと、ふと蛙(かえる)が目に入った。
 花壇の囲いの割れた隙間に堂々と座っている。囲いの赤黒さが蛙の鮮やかさを引き立てていた。
 ちょうどいい雨宿りの場所を見つけたな。そう思って顔を近づけても、蛙に驚く様子はない。
 降り続ける雨も、大きな人間も、何も気にすることなく、自分の世界を作っているように思えた。
 (今日、嫌なことがあったんだ)
 蛙にそう呟(つぶや)いてみた。
 もちろん、蛙から返事は何もないけれど、なぜか自分の気持ちを受け止めてくれるような気がした。
 明日もまた雨が降るかな。
 蛙は黙ったままだった。
 でも、その後に、ほんの少しだけ口が膨らんだように見えた。
 落ち着いた心。大事だよな。

<評> 俳諧や水墨画の世界へ移植してみたくなるような、雨の日の静謐(せいひつ)な情景。言葉も心も通じないはずの相手ながら人間は、その悟りきった姿から、いろいろな想念を学び取ることができそうです。

[夫婦箸] 愛知県西尾市・無職・67歳 高橋守 

 娘とわれわれ二人で囲む食卓。上二人の息子たちはすでにパートナーを得て、外に出た。
 この食卓も静かになったものだ。
 その言葉少ない食卓に、突然、娘の「お・と・う・さ・ん!」という、きつい調子の声が響いた。
 「その箸、ナニ!?」
 一瞬、何を言われたのやら。
 しかし、わが箸を見て納得。長さが互い違いだ。
 よく、こんなことに気づかず食べていたものだ。ただ、ちょっと待てよ。ってことは…?
 向かい側は女房。何のことはない。彼女も同じ組み合わせで食べている。
 これぞ真の夫婦箸、か。
 近く娘も嫁いでいく。すぐわれわれ二人だけの食卓となる。
 来るべきいくつもの「夫婦箸現象」を笑い合いながら、日々を過ごすことになるのだろう。

<評> 食卓を囲む人数が次第に減っていく寂しさの中で気付いたチグハグ現象。でも、ちょっと待って! もう何年かすると、里帰りの度ごとに、にぎやかな声と箸の数が増えていくのではありませんか?

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