<社説>判事のSNS 「罷免」に値するのか

2022年3月7日 07時37分
 SNSへの「不適切な投稿」により仙台高裁の岡口基一判事の弾劾裁判が始まった。表現の自由や裁判官の身分保障から、法曹界では訴追自体にも疑問符が付いている。罷免に値するのだろうか。
 殻に閉じこもりがちな裁判官の中で、岡口氏は異彩を放つ。高裁判事(職務停止中)でありつつ、多くの書物を著し、SNSの投稿で知られる人物でもある。
 その書き込みが問題となった。殺人事件の遺族らを傷つけたと…。確かに一般的に人を傷つけることは良くない。だが、人が何に傷つくか、実は予測するのは難しい。相手の受け取り方にもよるからだ。傷つける意図はないのに、予想外の反応を受ける場合もある。
 それゆえ一般的に「傷つけられた」だけでは、法的責任は問われない。表現行為への懲罰は慎重の上に慎重を期さねばならない。
 国会議員による弾劾裁判で「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」と判断されると、罷免され、法曹資格さえも失う。
 過去に裁判官が罷免されたケースは七件だが、買春や盗撮など犯罪か、それに匹敵する職務上の重大な不正の場合だ。職務外のSNS投稿という表現行為が訴追対象になるのは初めてで、過去事例とは明白に異なる。
 傷ついた遺族らの気持ちは十分に察するし理解する。だが、あまりに不明確で主観的な判断基準に基づいて、一人の判事を罷免することには反対する。
 裁判官にも表現の自由が及ぶことは自明の理であるし、その表現行為と法曹資格を奪うほどの苛烈な懲罰とは、果たしてバランスが取れることだろうか。
 同時に憲法が保障する裁判官の身分保障を脅かしうる。まかり間違えば、この前例が政治的意図をもって国会議員による司法介入を招く可能性さえあるからだ。多くの法学者や弁護士らが罷免に反対する声を上げているのは、そうした危機感の表れでもあろう。
 岡口氏の投稿は罷免に値する非行なのか。国民への背信なのか。むしろ投稿の多くは、社会の少数派に寄り添う内容である。
 そうした市民派の判事であることも念頭に置きたい。岡口氏は遺族らとの面会を裁判所から禁じられ、話し合う機会もなかったという。最高裁による二度の「戒告」で十分なのではないか。

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