東京大空襲から77年 コロナ禍で停滞する語り部 被災体験「伝えたいのに」 ネット配信や証言の上映会も

2022年3月10日 06時00分

自らの空襲体験を話す二瓶治代さん=東京都江東区の東京大空襲・戦災資料センターで

 東京の下町地域を中心に一夜で10万人以上が亡くなったとされる1945年3月10日の東京大空襲から77年。戦争体験や平和への思いを伝える語り部活動がコロナ禍で停滞している。語り部の一人で東京都国立市の二瓶にへい治代さん(85)は、ロシア軍と激しい戦闘が続いているウクライナ情勢に心を痛め、「戦争は良くないと子どもたちに伝えたいのに」ともどかしそうに話す。
 「コロナでお話しする機会がなくて、話せるかどうか不安な気持ちで来たんですけど、お分かりいただけましたでしょうか」
 2月2日。東京大空襲・戦災資料センター(江東区)で、1時間半にわたり空襲体験を語った二瓶さんは飛沫ひまつを防ぐアクリル板越しに、聞き手の大学生たちに問い掛けた。
 二瓶さんは、現在の江東区亀戸で被災した。家族とはぐれて炎から逃げ惑い、人垣の下になったことで奇跡的に生き残った。「私に覆いかぶさっていた人たちが、炭のようになって死んでいた。真っ黒な人間は、今も頭の中から消えない」。結果的に自分を助けてくれた人たちのためにも伝えたい、と2002年から語り部を続ける。しかし、その活動はコロナ禍で大幅に減っているという。
 センター事務局によると、新型コロナ感染拡大前、同センターには年間1万人が訪れ、登録する21人の語り部が交代で、団体向けに年120回ほど体験を語ってきた。しかし20年度の来館者数は3000人余りで、この2年間、修学旅行の団体はゼロという。
 戦争体験者の高齢化が進む中、感染を恐れて外出を控えている語り部が、活動への意欲を保つのは難しい。二瓶さんは感染状況が落ち着いていた昨秋、語り部仲間に声を掛けて集まった。そこで出たのは「外に出ないようになって足腰が弱り、乗り物に乗るのも怖い」「語りたくても声が掛からず、気持ちが落ち込んでいる」といった声だった。
 「私たちはあと何年、こうやって話をできるか分からない」と二瓶さん。冒頭の学生たちに最後に語りかけた。
 「今も戦争をしている国、民主化運動で人が命を落としている国がある。自分だったらどうするか、考えてほしい。どんなに時間がかかっても、どうか戦争を避けて、言葉で解決してほしい」(小形佳奈)

◆オンラインなら全国の人に聞いてもらえる

オンラインで戦争体験を話す手塚元彦さん=東京都新宿区の平和祈念展示資料館で

 東京大空襲から10日で77年。新型コロナ禍でも何とか戦争体験を伝え続けようと、語り部のオンライン配信や証言映像の上映会が盛んになっている。
 兵士や海外からの引き揚げ者の労苦に関する資料を展示する平和祈念展示資料館(東京都新宿区)は13人の語り部が、2012年6月から毎月第3日曜日に館内で開く「お話し会」や夏休みのイベントなどで年に約60回ほど体験を語ってきたが、コロナの感染が拡大した20年3月から活動を中断している。感染収束のめどが立たない中、2月から月1回、ユーチューブ公式チャンネルを使ったライブ配信を始めた。
 初回の2月20日は、手塚元彦さん(88)=埼玉県川口市=が、旧満州で生まれて戦後に孤児となり、終戦の翌年、引き揚げ船に乗り、初めて日本の地を踏んだ経験を話した。固定カメラのレンズに向かい、身ぶりを交えて1時間。終了後、「聞いている人の反応が見えないから…」と戸惑いを口にしつつも、2年ぶりの語り部活動に満足そうだった。
 企画した学芸員の高倉大輔さん(34)は「館内のお話し会には人数制限があるが、ネット配信なら無制限で全国の人に聞いてもらえる」と話す。
 墨田区観光協会は、修学旅行生向けの平和学習の一貫で、10年前から東京大空襲の体験者による講演を行ってきたが、この2年間は実施できていない。講師を務める体験者の体調などを考慮し、新年度から空襲体験の証言集映像の上映に切り替える。
 7年前に映像を制作した同区の多田井利房さん(77)は、人づてに空襲体験者を探し歩き、17人の証言を収めた。家族にも話さなかった体験を話してくれた人もいたという。コロナ禍で上映機会が減っていたが、区教育委員会を通じて小中学校からの依頼も少しずつ増えており、「人生の終盤に伝えたいことがある、と体験を明かしてくれた人々の思いを広められたら」と、観光協会の取り組みに期待する。

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