<中村雅之 和菓子の芸心>「長命寺桜もち」(東京都墨田区・山本や) 江戸っ子の心捉える

2022年3月11日 07時30分

イラスト・中村鎭

 「外題(げだい)」と言われる歌舞伎の題名は、覚え切れないくらい長い上に、字面を追っても、どうしたらそう読めるのかと首を傾(かし)げたくなることも多い。言葉遊びや縁起担ぎが過ぎた結果だ。
 そこで、短い通称が付けられるようになり、かえって、そちらの方が通りの良い場合もある。
 「都鳥廓白浪」も、なぜか「みやこどり ながれの しらなみ」と読むが、通称は「忍(しのぶ)の惣太(そうた)」、あるいは「桜餅」。
 「桜餅」と呼ばれるようになったのは、主人公の忍の惣太の女房が、向島で桜餅を商っている、という設定になっていて、その店の近くの隅田川べりで、物語が展開するからだ。
 江戸幕府の8代将軍・徳川吉宗は、「二大悪所」とされた遊郭と歌舞伎に厳しかった一方、健全な娯楽として花見を奨励し、北の王子・飛鳥山、南の品川・御殿山と並び、隅田川べりに大量の桜を植えた。
 その頃、隅田川の傍にある長命寺の門番が桜餅を作り始め、大評判になった。これが桜餅の元祖とされる。「長命寺桜もち」として知られ、忘れられがちだが、店の名は「山本や」だ。
 漉(こ)し餡(あん)を包む小麦粉を焼いて作った皮は、中が透けて見えるほど薄い。塩漬けされた大ぶりの桜の葉3枚で包まれ、春を感じさせる独特の香りが漂う。開かないと葉しか見えないほどだ。葉を食べるかどうかは、好みが分かれる。
 かつての「トレンディドラマ」さながらに、歌舞伎には、江戸で人気だった場所や流行(はや)りの物が登場する。「長命寺桜もち」も、江戸の人々の心を捉えた物の一つだった。 (横浜能楽堂芸術監督)
<山本や> 東京都墨田区向島5の1の14。(電)03・3622・3266。5個入り1300円。

山本やの看板娘が描かれた浮世絵《江戸名所百人美女 長命寺》=東京都立中央図書館蔵


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