<東海第二原発 再考再稼働>(39)避難計画「最悪」想定を 元日本原子力発電理事・北村俊郎さん(77) 

2022年3月11日 07時37分
 日本原子力発電では東海第二原発(東海村)で八年間勤務し、現場の労働安全衛生管理や労務厚生を担当した。退職して二十年近くたつので、福島第一原発事故後の東海第二の現状は詳しく知らないが、資金も人材も乏しい中、後輩たちは津波対策や事故対応をよくやってくれていると誇りに思っている。
 さまざまな条件をクリアできれば、再稼働に問題はない。ただ、ハードルは非常に高い。また、最近では事故対策工事の期限が二〇二四年九月まで二年近く延長されたが、ここまで延びると、再稼働したとしても経済的に採算が取れるか疑問がある。
 私自身、元原電社員であると同時に、福島第一事故以降十一年間自宅に帰れていない避難者だ。この経験からも、再稼働の前提条件のうち、特に各自治体の広域避難計画策定は課題が多いと感じる。
 まず福島第一事故は平日の勤務時間内で、天候も良く、幹線道路に損傷が少なく、考えうる最も良い条件の下で起きたことを認識する必要がある。事故発生後の経過も幸運が重なり、最悪のシナリオよりずっと軽かった。これからつくる避難計画では、もっとさまざまな悪条件が重なり、最悪の条件になることも考えておくべきだ。
 また、当時から既に会員制交流サイト(SNS)で内部の関係者の情報を得て、いち早く避難した住民がいた。こんにちでは、さらにその傾向が強くなっているだろう。原発近くの住民だけを避難させ、それ以外の住民は自宅で待機させるという避難計画の考え方が果たして実際的なものか、疑問だ。逆にパニックになる恐れがある。
 原電にいた時は海外の原発を見る機会もあったが、米国やフランスの合理的な計画・訓練に比べ、日本のは形式的だ。予定された時間に予定された内容をこなすだけで、実際の事故ではあまり役に立たないと思う。初めにシナリオありきでない訓練をすることで応用力がつくものだ。特に、新しく来た住民や自治体職員には早く経験してもらう必要がある。実際に事故を経験した福島県の人たちの意見をよく聞き、第三者に評価してもらうことも重要だ。
 新型コロナウイルスの影響で、避難計画の策定はさらに困難さが増したと思う。福島第一事故もノロウイルスの流行と重なった。避難所のビッグパレットふくしま(福島県郡山市)では一室を確保して感染者を隔離していたが、不完全だった。避難者が密集しないようスペースやスタッフを確保し、医療や介護の体制も拡充できるようにしておかなければならないが、現実にはかなり難しいだろう。
 福島第一事故経験者の一人として、想定が困難という理由で計画・訓練を簡易なものにしてはいけない。いろいろな条件で訓練をして課題を発見し、しっかりとしたものをつくってもらいたい。(聞き手・長崎高大)
<きたむら・としろう> 1944年、滋賀県生まれ。慶応大経済学部卒業後、日本原子力発電に入社。本社のほか、東海第二原発、敦賀原発などで現場勤務を経験。理事や社長室長を務めた。2005年に退職し、福島県富岡町に移住。11年の福島第一原発事故で自宅に住めなくなり、同県須賀川市で避難生活を続ける。著書に「原発推進者の無念−避難所生活で考え直したこと」「原子力村中枢部での体験から10年の葛藤で掴(つか)んだ事故原因」。

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