「苦難はまだまだ続く。加害者の東電に責任を」 原発事故の被災地を回った避難住民の国分富夫さん

2022年3月12日 06時00分

「人を住めなくした加害者の罪が問われないのはおかしい」。家屋の解体が進み、虫食い状態の富岡町の復興拠点内に立つ国分富夫さん=3月11日、福島県富岡町で

 11年前の東京電力福島第一原発事故で、住み慣れた福島県南相馬市小高区を追われた元郵便局員の国分富夫さん(77)=北隣の相馬市に避難中=は11日、旧知の被災者を訪ねて同県沿岸部の浜通り地方を回った。家屋解体が進み人の営みが激減したままの状況を目にし、「苦難はまだまだ続く。加害者の東電に責任を取らせる必要がある」と語った。
 事故翌日から、国分さんは福島市、会津若松市などを避難で転々とした。2016年7月に小高区の避難指示は解除されたが、放射能で汚染された家屋の状況などを受けて帰還を断念。12年には、東電の責任を追及するため被災者の集団訴訟を起こし、原告団の副団長として奔走してきた。
 この日朝8時から9時間かけて、浜通り各所を回った。かつて郵便局員として4年間勤務した富岡町の夜の森地区を回った際の表情は厳しかった。
 熟知している街のはずなのに、何度も道が分からなくなった。来春の避難指示解除に向け、特定復興再生拠点区域(復興拠点)として除染が進むが、目印となる公共施設や寺がなく、家屋の多くが取り壊された。人の姿はほとんどなく、街並みはすっかり変わった。
 「こんな状態にしておいて、東電は誰も責任を取っていない。そんなことが許される日本ってどうなってんだよ。復興拠点と言ったって、人がいなけりゃどうにもなんねえよ」。枯れ草が目立つ住宅街で、国分さんは怒った。
 かつての同僚で帰還困難区域の富岡町深谷地区に自宅がある関根憲一さん(74)=福島県三春町に避難中=と待ち合わせて会った。
 関根さんは「町中から集められたトン袋(汚染土を入れた大型土のう)は減ったが、(除染など具体的な計画がない)白地地区であることに変わりはない。住民なのに、許可なく自宅にすら行けない。こんなばかな話があるか」と訴えた。
 町の現状は厳しい。だが明るい兆しもある。原告副団長を務める訴訟は、7日付で最高裁が東電の上告を退け、11日には第4次原告団(102人)が福島地裁いわき支部に提訴した。新たな仲間に国分さんは「東電に加害者責任を取らせるまで最後まで皆さんも頑張ってほしい」と激励した。

酪農家からヒツジの畜産や飼料農家に転進した相馬秀一さん(左)と話す国分富夫さん=3月11日、福島県南相馬市小高区で

 朝いちばんに訪れた小高区の相馬牧場では、原発事故で乳牛を全て失いながらも、飼料栽培やヒツジの畜産で再起を期す相馬秀一さん(46)がいた。国分さんはその姿に「頼もしいな」と喜んだ。(山川剛史)

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