自分が指定した避難所で住民犠牲に「災害には想定の上限がない」 宮城・気仙沼市「伝承館」館長

2022年3月14日 12時00分

杉ノ下地区が見える伝承館の屋上で、震災の教訓を話す佐藤健一さん=11日、宮城県気仙沼市で

 自責の念を込めた真摯しんしな言葉が、来館者の心に響く。宮城県気仙沼市の東日本大震災遺構・伝承館で、2021年度から館長を務める佐藤健一さん(68)。震災前、市の担当者として住民と話し合い、ある高台を避難場所にした。だが、津波はその高さを超え、多くの住民が亡くなった。「災害には想定の上限がないのです」(横井武昭)
 震災から11年となった11日も、佐藤さんは語り部として来館者を案内していた。屋上から近くに杉ノ下地区の高台が見える。11年前、ここで約60人が死亡した。「多くの人が犠牲になった。私も反省しています」
 市では長年、防災に携わっていた。力を入れたのが住民との協力だ。一緒に防災マップを作り、避難経路や避難場所を盛り込んだ。杉ノ下地区では、住民たちが明治時代の地震津波の教訓を子孫に伝え続けているほど、熱心だった。
 住民との話し合いの中で、現場の高台を避難場所にする案が出た。佐藤さんは明治の津波被害を調べるなどして大丈夫と判断。市の一時避難高台に指定した。だが震災当日、津波は高さ11メートルの高台を2メートルほど超え、知人を含む多くの人が亡くなった。

◆教訓を伝えなければ

 「命を守れなかった。防災担当が長かったのに」。危機管理課長だった佐藤さんは無力感にさいなまれ、1年余りして定年前に市役所を辞めた。各地の自治体で研修や講演で体験を語った。ただ、19年にできた市施設である伝承館の館長就任の打診は断った。自分は適任でないと思った。
 考えが変化したのは「住民が(館長就任は)問題ないと言っている」と人づてに聞いてから。「教訓を伝えなければ」と決め、昨年4月に就任した。
 伝承館は津波で全壊した高校校舎を活用している。教室に流れ込んだ車や、破壊された外壁…。案内しながら体験を率直に話す。「私が500年とか1000年の単位で、過去の津波被害を考えていれば。災害には想定の上限がないのに、いつの間にか100年とか200年の範囲で見てしまっていた」
 壁一面には「津波の怖さが分かった」「自分ができることを考えたい」と来館者のメッセージが張られている。一人でも多くに、こうした思いを持ってもらうため、伝え続ける。

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