<新お道具箱 万華鏡>寄席の座布団など 伝統を守り使い継ぐ
2022年3月18日 07時25分
落語は、身体(からだ)ひとつで舞台に出る芸能。目がバチッと覚める派手さはないが、和の根っこのような道具が、律儀(りちぎ)に伝統を守りながら使い継がれている。
寄席に常備されている道具について、鈴本演芸場(東京・上野)席亭の鈴木敦さんに話をきいた。
まずは、演目(ネタ)を記録するためのネタ帳から見せていただく。時代劇に出てくる大福帳みたいな形で、表紙には黒々とした筆文字で「演題 大宝恵(おぼえ)」と書かれている。「おぼえ」は、「覚え」にひっかけてある。このネタ帳、三カ月で一冊がいっぱいになるという。どこかから買ってくるんですか?
「画材屋さんに特注で作ってもらっています。表紙は厚紙、中は和紙。表紙の文字は寄席文字で、橘流に通って勉強している父(前席亭)やスタッフが書いているんですよ」
道具といっていいのかわからないが、舞台の床も味わいがある。材質は檜(ひのき)。本番中は、寄席囃子(よせばやし)が鳴っているので気付かないが、歩いてみるとキュッキュッと鶯(うぐいす)張りのような音もする。座布団のまわりをよく見ると、少しへこんでいるところがある。これは落語でよくある「こんちわー!」トントントン!と戸を叩(たた)くしぐさをするときに、扇子のおしりで床を叩いて音を出すため。これまで歌舞伎座や能楽堂の床も見たが、釘で打って穴があく、すり足で歩く頻度が高い場所が傷むなど、床も芸能ごとに傷みの理由が異なっているのが面白い。
驚きが多かったのが座布団。
まず、色。紫の一色かと思ったら、四色あった。基本は紫だが、演者の着物の色と重ならないようにとか、逆に同じ色を好む人もいるので、様子を見ながら決めているそうだ。
持ってみると、ぼったりと重く、綿の詰まり具合がまことによい。クッションみたいに、なにか軽いものをぎゅーっと突っ込んだだけではない、本物の座布団なのだ。
「布団屋の職人さんが作ってくれるんですけど、綿を入れる技術が、すごいんですよ。長く使って擦れたり房がとれたりしたら、職人さんが綿と布、糸を持ってここに来て、その場で直してくれます」
ちなみに、座布団にも前と後ろがある。三辺が縫ってあり、縫い目のないところが正面。そこをお客さんのほうに向ける。
「ご縁が切れないようにという縁起かつぎです」
(伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)
◆公演情報
<落語協会真打昇進披露興行> 三月下旬から五月にかけて、東京都内五カ所の寄席で開催。鈴本演芸場では、三月二十一日〜三月三十日、午後五時〜八時半。新真打の三遊亭律歌、蝶花楼桃花、柳家風柳、林家はな平が交代でトリをつとめる。予約は落語協会=(電)03・3833・8565。チケットぴあ=http://t.pia.jp/
◆取材後記
寄席は贅沢(ぜいたく)な場所で、音曲は太鼓や三味線、笛などの生演奏。鈴本では舞台下手に演奏のための小部屋があって、年季の入った楽器が置かれていた。大太鼓の胴には「昭和二十六年九月吉日」の文字。制作は神輿(みこし)や楽器の老舗・宮本卯之助商店。毎日打つので、同じところが傷まないように、上席、中席、下席で少しずつ太鼓の位置をずらして使っているという。楽器や座布団の修繕現場もいつか取材してみたい。(田村民子)
関連キーワード
おすすめ情報