<東京大空襲 体験者の証言>今は亡き3人、オーストラリア出身監督のドキュメンタリー映画内で語った願い

2022年3月19日 06時00分

<連載>封印されたビデオ 第3回

 「これだけの破壊的なできごとなのに、記憶を伝える公立施設がほとんどないのはどうしてなのか」。オーストラリア出身の映画監督エイドリアン・フランシスさん(47)は言う。昨夏、東京大空襲の体験者の証言を集めたドキュメンタリーを完成させた。母国の映画祭で評判となり、日本で公開してくれる配給会社を探している。

東京大空襲の被災者にカメラを向けたオーストラリア出身のエイドリアン・フランシス監督=東京都千代田区で

◆「炎の中を隅田川に逃れた」

 東京大空襲訴訟原告団の副団長を務めた清岡美知子さんら、家を焼け出されたり、家族を失ったりした3人の証言を集めた映画「ペーパーシティ」は2015年から6年間かけて撮影した。
 浅草寺(東京都台東区)の近くで生まれ育った清岡さんは映画の中で「炎の中を隅田川へと逃れ、冷たい水の中、木の棒にしがみついて夜明けを待った」と語る。数日後、姉と父の遺体を見つけた。「1人1人の名前が彫ってある、沖縄の記念碑のようなものを建ててほしい」と訴える。

映画「ペーパーシティ」の一場面。空襲で家族を失った女性が現場となった隅田川を見詰めている=エイドリアン・フランシスさん提供

◆米映画に衝撃「一晩で10万人が亡くなるとは」

 映画製作のきっかけは、15年前に米映画「フォッグ・オブ・ウォーマクナマラ元米国防長官の告白」を見たこと。マクナマラは第2次世界大戦中、日本への爆撃作戦に関わった。フランシスさんは2000年に来日し、都内に住み続けてきたが東京大空襲のことを知らなかった。「一晩で10万人が亡くなるとは」と衝撃を受けた。
 同時に、誰もが知る追悼施設がないことも不思議に思った。ドイツには、ナチス政権に虐殺されたユダヤ人のためのホロコースト記念碑、広島には平和記念資料館や原爆ドーム、ニューヨークにも同時多発テロの犠牲者を追悼する9・11記念碑があり、平和を願う人たちが世界から訪れる。

◆「東京にこそ歴史伝える場所を」

 都は1990年代、300人以上の体験者の証言を収録したビデオや犠牲者の遺品などを集めた都平和祈念館(仮称)の整備を構想したが、歴史認識をめぐる議会の対立で99年から計画は凍結されている。「東京と世界の取り組みは全く違う」と感じた。
 映像の力で、東京大空襲のことを世界に知らせようと決意した。民間で運営する東京大空襲・戦災資料センター(江東区)で何が起きたのかを調べ、東京空襲犠牲者遺族会にも連絡して高齢の戦争体験者の紹介を受けた。彼らが健在なうちにとカメラを回した。3人の証言者は、映画の公開を待たず鬼籍に入った。
 これまで東京大空襲がテーマの映画は、ほとんどなかった。「外国人だからできたのかもしれない」。タイトルには燃えやすい日本の木造住宅の構造に、歴史の記録をもろい紙の資料に頼っていることへの危うさを重ねた。「東京こそ戦争の歴史を学び、祈るための場所があるべきだ」(井上靖史)
 1945年3月10日の東京大空襲など戦争の記憶を継承しようと、東京都が約300人の体験者の証言を収録したビデオテープが四半世紀公開されず、倉庫で眠っている。連載では、ビデオ収録に応じた人やその遺族、空襲の記録を残す活動をしている4人を通じ、公開の必要性を考える。

 東京大空襲などの証言ビデオ 10万人が犠牲になった1945年3月10日の東京大空襲をはじめ、戦争被害の実態を後世に伝えようと東京都は1990年代後半、体験者330人の証言を1億円の公費を充ててビデオに収録した。当時、建設が計画された東京都平和祈念館(仮称)で公開される予定だったが、展示内容や歴史認識で都議会が紛糾。祈念館の計画は99年に凍結された。ビデオは9人分を除き、公開されないまま都内の倉庫に保管されている。証言した人が誰なのかも非公開となっている。

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