バスとタクシー運転手の休息「9時間」案 健康・安全より運行優先 国際基準にほど遠く

2022年3月19日 06時00分
 厚労省の審議会が18日に了承したバスとタクシーの運転手の休息時間は「最低9時間」で、国際基準より大幅に短い。運転手の体調不良による事故で乗客や通行人らが巻き添えになるケースは多く、国民の不安は拭い切れそうにない。(池尾伸一、畑間香織)

◆これでは仕事環境はほとんど変わらない

 50代のバス運転手の男性はある日、目まいで倒れた。「発症がもし運転中だったら…」。思い出すとぞっとする。10年以上の長時間の勤務が原因と感じる。今は仕事を休み、治療に専念しているが「乗客は運転手が寝不足とは思っていないだろう」と言う。
 今回了承された厚労省案通り、9時間前後の休息時間がある東京都内の路線バス運転手の50代男性は「休息9時間案では仕事環境はほとんど変わらない。経営側は利益優先で、運転手の健康や安全は二の次と言っているようだ」と今回の決着に怒りを隠さない。
 この男性は午後10時に仕事が終わると帰宅に1時間かかり、寝るのは午前零時すぎ。翌朝は6時半の始業なので休息は9時間前後でも睡眠は5時間を切る。睡眠不足と感じることも多く「乗客を乗せて安心して運転できない」と話す。

◆運転手の実情も医学的知見も無視

運転手の睡眠不足は厚労省のアンケートをみても深刻だ。平日の睡眠が5時間以下の人はバスで48.6%、トラックで28.8%に上った。長時間労働は運転手の健康をむしばむ。運輸業界で心臓や脳の疾患で労災認定された人の数は他業界と比べ突出。健康不良による事故も増加傾向で、20年は286件が報告された。このうち26件は乗客らを巻き込む人身事故だった。
 折しも厚労省は、心臓まひなどの原因が過労によるかどうか判断する労災認定基準の改定作業を始めており、昨年9月には休息時間が11時間に満たない場合も重要な材料とする方針を示していた。11時間を切ると、疾病リスクが高まるという最新の医学的知見に基づく変更だった。
 これに合わせる形で10月に厚労省は、運輸業界の審議会に「最低11時間」を提案。運転手へのアンケートでもバスやタクシーでは9割が「休息11時間は必要」と回答していた。しかし経営側が「運行計画を組めない」と反対するとあっさり撤回。「9時間案」で収拾を図り始めた。
 「運転手の実情も医学的知見も無視して休息時間を決めたのは、健康や安全をないがしろにしたものだ」。運輸業界の労働問題に詳しい北海学園大学の川村雅則教授は批判した。

◆危険な「悪循環」に歯止めかからず

 今後は運転手の高齢化で、健康不良による事故はさらに増える恐れがある。
 タクシー運転手の平均年齢は59.5歳と、全産業平均の43.2歳より大幅に高齢化している。バス(51.8歳)、トラック(49.4歳)も高齢化が著しい。一方で月給(賞与除く)はバスで24万円と、全産業平均の30万円より2割も低い。
 「長時間労働と低賃金が前提の経営が常態化し、若い人は運転手をやろうとしない」。ある労働組合幹部は嘆く。運転手のなり手がいないから長時間労働が深刻化し、一段と高齢化が進む。乗客や通行人にも被害が及ぶ「危険な悪循環」に歯止めがかかっていない。

 運輸業界の過労対策 運輸業界には残業時間の上限規制など働き方改革関連法が2024年3月まで猶予されている。残業上限も年960時間と一般企業の720時間より緩い。ただ追加的な過労防止策を講じることも決まっており、休息時間の見直しはこれを受けた対策。厚生労働省は当初、6時間程度の睡眠が必要と判断し「最低?時間」の休息を確保する案を出したが、経営側の反対で、現状の8時間から1時間の延長にとどめる修正案をまとめた。


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