大邱(テグ)の夜、ソウルの夜 ソン・アラム著

2022年3月20日 07時00分

◆働く女性 抑圧リアルに
[評]いとうせいこう(作家)

 日本ではまだ無名の作家、および“アジアルーツの作家を中心としたグラフィックノベル”のシリーズ第一弾ということで、刊行当初は書店からの注文が少なかったと聞く。だが読書家たちの噂にも恵まれて注目度は上がり、重版もかかったようだ。
 著者はまず前半の「大邱の夜」を発表し、続いて丸三年をかけて後半の「ソウルの夜」を書き上げた。文字が少し多めな漫画だから、そこに小説の要素を読む人もいるだろうし、無言のシーンでは当然そのコマの登場人物の表情によって内面に引きずり込まれるはずだ。
 「大邱の夜」の主人公はソウルに住む一人の女性、パク・ホンヨン。子育てをしながらイラストを描く仕事を続ける彼女の理解者は、やはり女性の友人コンジュである。
 冒頭、ホンヨンはお盆に夫の実家へ行き、まさに日本の女性たちとよく似た抑圧を受ける(子供は母親が育てろ、儀式の裏方は女がやれ、男たちはなんでも言っていい、などなどそれこそきりもない)。その描写は細かいがゆえに息が詰まるものだ。
 後半は首都ソウルに上京したコンジュが主人公となり、しかし彼女もまた女性であるがゆえの抑圧の下で、例えば古い価値観を変えようとしない母との、火花が散るような対立の中で低い待遇の書き仕事を続けねばならない。つまり地方でも首都でも、女性をめぐる問題は真綿で首を締(し)めるかのように当事者を苦しめ、その分だけ男が得をする構造になっている。
 チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』の韓国での刊行が二〇一六年だから、すでにこの漫画の少なくとも「大邱の夜」は描かれており、ジェンダーの問題を扱う優れた著作がかの地では同時並行的に生まれていたのだとわかる。
 そしてキム・ジヨンの物語が韓国の社会を変え、遅れて日本人の意識をなんとか少しずつ変えていくきっかけになったことを考えると、働く女性たちの切実な毎日をリアルに描く本書が我が国でもたくさんの人に読まれるといい。
(吉良佳奈江訳、ころから・1980円)
1981年、ソウル生まれ。漫画家。本書が初の日本語訳作品。

◆もう1冊

チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)。斎藤真理子訳。

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