売春防止法の「負のシンボル」婦人補導院 なぜこれまで廃止できなかったのか…

2022年3月21日 18時00分
 新しい女性支援法案の国会提出に向けて、各党の議論が大詰めを迎えている。法案の注目の一つが、売春防止法の「負のシンボル」とされてきた「婦人補導院」の廃止だ。婦人補導院は、売春で有罪となった女性が閉ざされた空間で生活指導を受ける場。近年は実態と合わなくなり施設はほとんど使われず、数十年にわたり廃止論がくすぶっていた。だが、なぜこれほどまでに廃止に年月がかかったのか。理由を探って見えてきたのは、この国によどむ「女性のあり方」そのものだった。(特別報道部・木原育子)

◆重厚な扉、便器むき出し…まるで刑務所

 「あんなに屈辱的な場所ってあるのだろうか。売春に至った経緯や背景は見ず、福祉的支援が必要な女性たちを、犯罪者の目線で『更生』させるための場所としてあったのです」
 全国婦人保護施設等連絡協議会の横田千代子会長(79)は、婦人補導院が存続してきたことにそう憤る。

婦人補導院について話す全国婦人保護施設等連絡協議会の横田千代子会長

 婦人補導院は売春防止法違反の罪で、執行猶予付き判決を受けた20歳以上の女性が「補導処分」として入る施設だ。全員が入るわけではなく、公衆の目に触れるような方法で、相手を誘う通称「5条違反(勧誘等)」に限定される。
 6カ月間収容され、裁縫や調理、6カ月で成長する野菜の収穫体験など、生活指導や職業訓練を受ける。
 執行猶予判決にもかかわらず、生活環境は刑務所に近い。重厚な扉には頑丈な鍵が外からかけられ、自由はない。1人用の個室の広さは3畳。部屋の立て板の向こうは便器がむき出しで、食事は小窓から配膳された。鉄格子の窓の隙間から小さな空が見えるだけだ。
 男を誘う女は、家事や正業に就く力がないのだから、国が隔離して自立できるよう支えてあげよう—。そんな発想ともいえるこの施設は1958年から、運用されてきた。

「執行猶予判決を受けたにもかかわらず隔離される東京婦人補導院の1人用の部屋。収容者はおらず、一度も使われていない=東京都昭島市(一部画像処理しています)

 「初めて見学した時の衝撃が忘れられなかった」。横田さんが婦人保護施設で働き始めて約40年。ずっと、婦人補導院の廃止を訴えてきた。

◆「彼女らは社会の片隅でずっと見過ごされてきた」

 その訴えに声をからすたび、脳裏に浮かぶ女性がいた。婦人補導院への入退院を数回繰り返し、その後、横田さんがいた婦人保護施設に入所してきた。
 女性は文字の読み書きができず、名前も書けない。自身を証明するサインは漢数字の「十」のような文字とも言えぬものだった。身体も頭髪もうまく洗えず、横田さんが一緒にお風呂に入って手助けした。
 身体には、全身に男に傷つけられた入れ墨があった。お花の絵など子どもの落書きのようなものだった。二の腕には男と女性の名前が入った相合い傘の入れ墨。「知的障害があり、理解できないまま、いつも笑っていた。本当に腹が立ちました」
 婦人保護施設ではなく施策が進む障害者施設に入所相談にも行ったが、「売春歴がある女性はちょっと…。利用者が惑わされる」と断られた。せめて入れ墨だけはと、女性が60代になった時に警察病院のレーザー治療で手術。ケロイド状の痕は残ったが、女性は「消えたよ!消えたよ!」と泣いて喜んだ。
 婦人補導院に収容されていた女性たちの顔は、生涯忘れられない。障害があり、家族からも見放され、性的搾取されてきた「社会的被害者」だ。婦人補導院に収容されても根本的な解決になっていなかった。
 本来、再犯を防ぐ福祉的支援を考えるなら、閉鎖空間ではなく自由な環境の下、ソーシャルワーカーから生活支援を受けたり、心理的ケアを受けたりしながら、社会になじんでいく方法もある。婦人補導院のやり方は実態に合わなかった。
 横田さんは廃止の議論を「歓迎したい」としつつ、悔しさをにじませる。「社会の片隅で誰の目にも触れられず、彼女たち自身もなぜ自分がここにいるのか疑う力さえもなく…だから声も上げられず、社会からずっとずっと見過ごされてきた。もっと早く廃止しなければならなかった」
▶次ページ「女性蔑視と排除の思想根強く」に続く
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