小田原城目指し松井田城攻め 地元保存会が論文冊子 豊臣勢の陣場道遺構 発見を記述

2022年3月21日 07時29分

松井田城跡の一帯=安中市松井田町で(松井田城址保存会提供)

 安中市松井田町の戦国時代の山城、松井田城跡の整備や啓発などに取り組む地元の松井田城址(じょうし)保存会は、山城に詳しい県文化財保護課の飯森康広補佐による論文の冊子「小田原合戦における北国勢の松井田城攻めと進軍」を発行した。豊臣秀吉の命令で攻め込んだ北国勢が造ったとみられる陣場道の遺構を、城跡周辺で発見したことを盛り込んだ。(樋口聡、菅原洋)
 論文は飯森さんが保存会の講演会や、県地域文化研究協議会の会誌「群馬文化」で発表した内容から、本人の無償の承認を得て一部を抜粋した。
 松井田城は中山道の碓氷峠を押さえる要衝。地元の安中氏が在城したと伝わり、武田氏などを経て、後北条氏が支配した。後北条氏の重臣、大道寺氏が改修したとされ、空堀や門跡などの遺構が残る。
 一五九〇(天正十八)年、大道寺勢が守る松井田城に、後北条氏の本拠である小田原城を目指す豊臣勢の前田、上杉、真田各氏などの大軍が押し寄せ、落城したという。
 論文では、飯森さんらが松井田城跡を現地調査し、松井田町土塩で大規模な堀切(空堀の一種)などの陣場道遺構を発見したことを記述。遺構は「東方谷側(大道寺勢)からの来攻に備えた」とし、豊臣勢の遺構と判断した。
 その上で「遺構は軍勢の駐留地としては狭く、恐らく補給路を確保する意図で構築された」との見解を示した。この他、豊臣勢の進軍ルートなどを古文書に基づいて詳細に分析した。
 冊子はA4判二十二ページ。二千部刷り、定価三百円。市内の市学習の森ふるさと学習館と市観光機構で原則入手できる。保存会の小板橋正紀会長は「冊子で興味を持ってもらい、松井田城に来て、見て、知ってもらうきっかけになれば」と話している。
 保存会は四月三日、城跡の現地説明会を予定。資料代など五百円が必要。冊子を含む問い合わせは同会事務局=電090(4069)2514=へ。

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