<ふくしまの10年・マスター、もう少し聞かせて> (3)高線量の不安 漠然と

2020年5月21日 02時00分

南東方向から撮影した福島市中心部

 福島市のワインを出す居酒屋「せら庵」に通うようになって二カ月ほどたったころ、マスターの江代(えしろ)正一さん(71)から、二〇一一年三月の東京電力福島第一原発事故後、第一原発から約六十二キロメートル北西に位置する福島市内でも放射線量が高い日が何日も続いたらしいと聞いた。
 環境省の担当者に、事故直後の福島市内の正確な空間放射線量のデータを残している組織はないか助言を求めた。
 「福島県ならあるはずだ」と聞き、調べると県がきちんと記録していた。市中心部の県の施設で測定された値は、東京電力福島第一原発2号機から大量の汚染蒸気が外部に漏れ始めた三月十五日の午後四時ごろから上昇し、午後七時三十分には毎時二四・〇四マイクロシーベルトに達した。十六日午後四時ごろまで二〇マイクロシーベルト前後を計測し、二十日未明まで断続的に一〇マイクロシーベルトを超えた。事故前は〇・〇四マイクロシーベルトだったから非常に高い。
 厨房(ちゅうぼう)でその数字を眺めていたマスターがぼそっと言った。
 「あの時、役所は屋内にいろって言ってた。でも、健康診断のエックス線検査より、(被ばく線量は)たいしたことないとも言ってたな。こういう数字だったんだね」
 常連の一人である美野洋子さん(68)は「難しいことは分かんないけど、防護服なんかないから、ビニールかっぱを買ってかぶったのよ。放射能が付かないって聞いたから」と当時を振り返った。
 警察、自衛隊、消防、報道機関の関係者が動き回る県庁所在地は、地震の影響で市内は断水。給水車には長い列ができた。市民は漠然とした不安を抱えながら生きていた。

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