屋形船 波間に浮かぶ江戸と今 AR活用し新旧融合 楽しみ方「進化」

2022年3月25日 07時09分

江戸時代と現在の風景が重なり合って表示されるAR画面(屋形船東京都協同組合提供)

 歌にあるように、春といえば、うららかな隅田川。屋形船から眺める桜は格別だ。新型コロナ感染症が広がり始めた一昨年から風評被害に苦しんだが、その分、敏感に感染防止対策を講じてきた。新たな楽しみ方として先進的なデジタル技術も採り入れているという屋形船の今とは−。
 「アルコール消毒をお願いします」。東京に桜の開花宣言が出た二十日。都営地下鉄勝どき駅(中央区)近くの桟橋から出船する船宿「晴海屋」(江東区東砂)の船頭安藤慎一さん(40)が乗客に呼び掛けていた。東京湾へ出て隅田川を上り、浅草まで往復二時間半のコースを乗船取材した。
 家族連れやカップル…多様なグループの乗り合いで乗客は三十人。「百人ほど乗れますが多くても半分の五十人に抑えている」と安藤さん。席は間隔を空け、飛沫(ひまつ)防止のアクリル板もある。空気殺菌装置も備えられていた。どの席も背後の窓を自分で開けられるので、換気しやすい。
 隅田川や荒川では晴海屋も含めて「屋形船東京都協同組合」(台東区)に加盟する船宿が多い。三十七軒、百隻が加盟している。主に飲み放題と刺し身やメイン料理のてんぷら、ご飯物、デザートなど十品以上の料理付きで一人一万千円から。葛西や浦安方面を巡るコースもある。

アクリル板で仕切られた屋形船の船内で食事を楽しむ利用客

 「携帯でアプリを読み取り、かざしてみて」。出船して間もなく、安藤さんが客に呼び掛けた。これが、協同組合が新たに導入した目玉のコンテンツ。拡張現実(AR)技術を活用した「お江戸の川遊びへおいでなんし〜Edorip AR」だ。
 船内のQRコードから携帯にアプリを落とし、船上からかざす。約百七十年前の江戸期の隅田川の様子が画面に現れた。物売りの船で川が埋め尽くされるほどにぎやかだ。江戸東京博物館などで当時の様子を調べ、作り込まれている。背景には高層ビルが立ち並ぶ現代の景色がそのまま映るので、今と昔が融合する。ARはお台場と浅草までの隅田川全域をカバーする。
 「こんなにたくさんの船が出ていたなんて」。母の誕生日祝いで埼玉県志木市から訪れた会社員西村みゆりさん(26)はARに驚いた。花火が上がったり、魚を釣る感覚を味わえる場所もある。昔の木造の橋も現れる。

拡張現実(AR)でスマートフォンに再現された江戸時代の川の風景を楽しむ屋形船の乗客

 東京スカイツリーを間近に眺める言問橋付近で十五分ほど撮影タイム。さらに満開の桜が加われば、どれほど壮観だろう。お台場でもAR体験や撮影タイムがあり、元の桟橋へ戻った。
 この日は、卒業や新社会人など祝い事で乗船した人も多かった。祝い事のグループには最後に安藤さんから記念品が贈られ、乗客全員で祝福する場面も。前出の西村さんは「密集せず感染防止対策も取られていて楽しめた」と喜んだ。
 ARなど新技術も目立ったが、印象に残ったのは橋の歴史解説など安藤さんの行き届いた「おもてなし」。揚げたてを一品ずつ皿に運んでくれる江戸前食材のてんぷらも、乗客の笑顔を弾けさせた。
 「これまでとやることは大きくは変わらず、目の前のお客さまを目いっぱい楽しませたい」と安藤さん。協同組合は風評被害を払拭(ふっしょく)するため、無料乗船会などで感染対策の周知に努めてきた。広報担当者は「新たに導入したAR屋形船も話題性がある付加価値として楽しんでいただければ」とにぎわい復活へ意気込む。
 コロナの荒波にもまれながらも真摯(しんし)なサービスを続け、新たな試みも採り入れている。江戸の粋をつないできた気骨が、ひしひしと伝わった。

レインボーブリッジなどの景色が楽しめる「晴海屋」の屋形船の船上デッキ

文・井上靖史/写真・沢田将人
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