ロシアのウクライナ侵攻で懸念される中台関係 加藤直人・論説委員が聞く

2022年3月29日 07時58分
 ロシアのウクライナ侵攻は、東アジアにも大きな影響を及ぼす可能性があります。ロシアと緊密な関係にある中国が「核心的利益」とする台湾統一のために、武力行使に踏み切る懸念があるからです。「台湾有事」を防ぐにはどうすればいいのか、中国・台湾の歴史や社会に詳しい中部大の大澤肇准教授と考えました。

<中台関係> 1949年に中華人民共和国が成立し、国民党政権は台湾に敗走。中国は「一つの中国」の原則を堅持し、台湾統一を「核心的利益」に掲げる。現在の蔡英文台湾総統は中台関係の「現状維持」を主張し安定をめざすが、中国は蔡政権との対話を拒んでいる。近年は中国が台湾周辺空域に軍用機を侵入させるなどの挑発を続け、台湾海峡の緊張がこれまでになく高まっている。

◆衝突回避、各国連携を 中部大准教授・大澤肇さん

 加藤 中国共産党の習近平総書記は秋の党大会で、異例の三期目を狙うといわれます。中国の学者の間には、新たな任期が満了する二〇二七年までに「台湾武力統一に動く」という見方があります。習氏は台湾統一を最大の政治レガシー(遺産)にしたいという意識が強いのですか。
 大澤 習氏は安定志向ですし、二一年に農村部での貧困撲滅、新たな歴史決議の採択など、すでに政治的業績を多数残していますので、政治的遺産として武力統一を強行する可能性は低いと思います。ご指摘のように、中国人民大教授が最近、日本メディアの取材に「二七年までに台湾武力統一も」と発言しましたが、中国の軍事情勢に詳しい日本の専門家らは「台湾への武力侵攻は考えがたい」とみていました。理由としては(1)現時点での中国軍の能力不足(2)武力行使のリスクが高すぎる(3)台湾占領の困難さ−などを挙げていました。
 ウクライナ軍の抵抗は激しいですが、台湾はさらに防衛に有利な要素がそろっています。台湾海峡の幅は最も狭い北部でも百三十キロあり、台湾中央部の山地ではゲリラ戦が戦われた歴史もあります。
 加藤 ただ、中国と緊密な関係にあるロシアのウクライナ侵攻が起こりました。中国が今回の侵攻ではロシア非難を避け、欧米の対ロ経済制裁に反対しているのが気がかりです。
 大澤 確かに、ロシアによるウクライナ全面侵攻によって、かつてより台湾への武力行使の可能性が高まったとはいえます。
 何よりも、習氏が台湾武力行使に踏み切るような事態を防がねばなりません。その意味で、米国が進める対中デカップリング(切り離し)は、万一の際の経済制裁の効果を減衰させるので、逆効果ではないかと思います。
 ただ、米国は中国からさまざまな「人質」をとっていると言えます。改革開放期から最近まで米中蜜月の時代が続きました。米国の金融センター「ウォール街」では、米中冷戦をものともせず対中投資が続いているといわれ、留学後に米国に残って働いている共産党高官の家族や親族は数え切れないはずです。中国語圏のネットでやゆされているように、米国には党高官の財産や不動産も大量にあるとみられます。
 加藤 中国共産党にとって、内戦で分断された台湾の統一は悲願です。中国が武力統一の選択は難しいと判断した場合、どのような統一攻勢が考えられますか。
 大澤 直接的な武力行使だけでなく、軍事演習など武力を用いたどう喝(ムチ)と、経済的な恩恵(アメ)を織り交ぜながら新しい中台統一の方法や枠組みを打ち出していくでしょう。さらに、台湾の世論や大陸政策を共産党政権に有利なように変更させるべく、宣伝やフェイクニュースの流布、サイバー攻撃などを展開し、いわゆる「ハイブリッド戦」を強化していく可能性が高いとみています。
 問題は、「ハイブリッド戦」を警戒して、少数派の意見が抹殺される懸念があることです。このような傾向が続くと、民主主義社会の特徴かつ利点である「開放性」や「多様性」を自己否定し、社会が変質、崩壊してしまう可能性があります。
 これは台湾だけでなく、日本にも共通する問題であり、私たち一人一人が情報リテラシー(情報を正しく読み解き、発信する能力)を高めていく必要があります。そこにこそ、いま読者の皆さんが読んでいる新聞であったり、中等教育・高等教育における人文社会系の意義があると考えています。
 加藤 台湾海峡の波が高くなれば、米中関係は極度に緊張します。「台湾有事」を防ぐには、何が大切でしょうか。
 大澤 重要なのは、関係国が台湾海峡での武力衝突を絶対に防ぐという強い意志を持ち準備することです。古来多くの戦争は前線での偶発的な軍事衝突から拡大しました。そうした事態を防ぐための政府、軍トップ同士のホットラインの再形成と維持は不可欠です。
 しばらく東アジアでの軍備増強競争は続くでしょうが、二四年の米大統領選が重要です。もしもトランプ前大統領が再び当選し、在日、在韓米軍の再編や米中の個別取引が始まると、中国は日本を米国の「従属変数」と考えているので、事態は悪い方向に向きかねません。
 これまで東アジアの地域秩序を規定していたのは、「中国は一つ」で「日本と米国はその立場を尊重する」ことを原則とする「一九七二年体制」ですが、これを改善していく必要があります。学界で議論されているように、「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定」(CPTPP)への中台同時加盟など、台湾を経済的実体として国際社会に迎え入れていく知恵が必要です。米国では対中関与政策は失敗だったのではないか、という議論が近年流行していますが、私はまだ諦めるのは早いと思っています。
 加藤 中国は本来、台湾統一のための「歴史の知恵」として編み出した「一国二制度」を香港で葬り去ったといえます。
 大澤 香港での「民主化運動」は特定の指導者がおらず、会員制交流サイト(SNS)でのつながりと議論を経て、抗議活動を展開しました。しかし、抗議活動が激化し「光復香港(香港を取り戻せ)」が主流スローガンになった運動は、北京から見ると明らかに「一国二制度」のレッドラインを越えており、中国政府は国内各地への悪影響を懸念して、香港国家安全維持法の施行と強権的な弾圧を選んだのでしょう。
 ご指摘の「一国二制度」ですが、大陸が貧しく、台湾や香港が豊かであった時代の産物です。しかし、近年は台湾の青年層の失業率は高止まりし、香港民主化運動の背後に若年層の低収入や就職難があるとの指摘もあります。今年の全国人民代表大会(国会)でも「一国二制度」の堅持はうたわれましたが、一方で「新時代の台湾問題解決に向けての総体的方略」が強調され、経済緊密化や共同富裕に重点が移っていくかもしれません。
 加藤 歴史的に見て、台湾の人たちは、どうして大陸と一緒になれないと感じるのでしょうか。台湾初の民選総統だった李登輝氏は作家の司馬遼太郎氏と対談し「台湾人に生まれた悲哀」に言及しています。
 大澤 日清戦争以降、台湾は日本に支配されました。また、日本敗戦以降は、中国大陸から渡ってきた国民党とその政府に支配されました。現在、台湾の人口の八割以上を占める本省人(先住民や一九四五年の日本敗戦以前に中国大陸から移り住んできた人たちやその子孫)の人々は二十世紀末の民主化まで一貫して外来政権に支配され、台湾政治の主役になることができませんでした。そうした過去を踏まえ、李氏は「台湾人の悲哀」と言ったのだと思います。
 一方で外省人(四五〜四九年に中国大陸から渡ってきた人々やその子孫。台湾の人口の一割強を占める)の多くも台湾生まれ世代となり、観光客などとの接触や交流の増加につれ、中国大陸への特別な感情が薄れました。こうした歴史や現状を顧みると、台湾の人々が「台湾」名義で国際社会への復帰を求めるのは自然なことです。
 しかし、多民族を抱え、広大な版図を持ちながら一つの国家として統合されている中国は台湾独立を認められません。認めると、多民族が混在している地域はどうなるのでしょうか。中国社会が不安定になることは、共産党政権のみならず、多くの人々も望まないでしょう。

<おおさわ・はじめ> 1977年、東京都生まれ。東京大大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。ハーバード大イェンチン研究所客員研究員などを経て、現在、中部大国際関係学部准教授。専門は中国現代史。共著書に『変容する中華世界の教育とアイデンティティ』(国際書院)など。


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