「もっと良い役者に」 挑み続け 88歳 なお輝き増す草笛光子さん

2022年3月31日 07時57分

インタビューに答える俳優の草笛光子さん=東京都世田谷区で

 八十八歳にして初の日本アカデミー賞優秀助演女優賞に輝き、大河ドラマでもひときわ異彩を放つ。俳優として草笛光子さんの存在感は歳月を重ね増すばかりだ。秋には難解な不条理劇にも取り組む。新たな挑戦には「つらさがつきまとう」というが、「役に立つなら」と挑み続ける。その先に見えるものは−。 (稲熊均)
 映画「老後の資金がありません!」の撮影中のことだ。たまたま草笛さんの前歯の差し歯が抜けた。顔をみた前田哲監督は「映画の神様が降りてきた」。そのまま撮りたいと言い出す。草笛さんは「ありえない」と思いながら「心の目をつぶり」受け入れたという。
 「心の中で逡巡(しゅんじゅん)していると、森繁(久弥)さんや三木のり平さんが現れて言うんですよ。『役者なら、やれよ』って。その声に従ったってことですかね」

助演映画で初受賞 映画「老後の資金がありません!」の一場面(ブルーレイ&DVDは4月15日発売)

 草笛さんが演じたのは浪費の絶えない主人公の義母役だが、「おじいさん」に扮装(ふんそう)したり、近年避けてきた歌の披露に挑戦したり…。役作りでの格闘の末、斬新さと深みで、日本アカデミー賞優秀助演女優賞として評価された。
 ただ、言うまでもなく、草笛さんの挑戦と格闘は今に始まったことではない。日本の演劇史の中でも「初めて」「新たな」と形容される舞台に取り組み続けてきた俳優人生でもある。
 米ブロードウェーミュージカルの日本上演がまだなかった一九六三年、「ウエスト・サイド・ストーリー」を歌と踊りで紹介するなどの舞台を提案し実現させた。
 その後、ブロードウェーミュージカルは日本でも上演され、草笛さんも「ラ・マンチャの男」などに出演。日本初の一人ミュージカル「光の彼方に」では、レーザー光線を相手に演じる異色の舞台を成功させた。
 五十歳を超えてからは一人芝居にも挑戦した。ある主婦が四十歳を過ぎ、自分がいったい何者だったのかを台所の壁に向かって独白する「私はシャーリー・ヴァレンタイン」。末期がんの女性文学者を描いた「ウィット」では、髪をそり、全裸になった。当時、草笛さんにはがんの深刻化した大切な人がいて、「舞台を通してがんと闘おうと決めた。私にはドキュメンタリーだった」と振り返る。

◆「伝える力」大事に 過酷な鍛錬 土台

 多彩な役作りで演技の幅を広げながら、草笛さんが大事にしてきたのはシンプルな「伝える力」だ。
 「ある人に『草笛さんは言葉を捨てませんね』といわれたことがあるの。私は確かに語尾まで言葉を大切にします。語尾の音が小さくあいまいになる方が、せりふとしてはうまく聞こえることもある。でも、どんなに小さい声であってもしっかり語尾まで発音する。それが誠実にせりふを伝えることだと思うから」
 小さな音を伝えるのは難しい。本人は「気持ちがあれば伝わる」というが、技術を磨き、維持し続けた。声だけではない。表情、身のこなし、間の取り方…。高い演技力を支えるためにはまず健康であり、体力、気力の充実が不可欠だが、二十年ほど前から専門のトレーナーがつき、過酷なメニューをこなす。

大河で異彩 NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の一場面

 こうした努力や新たな挑戦について尋ねると、草笛さんの口からはよく「つらい」「苦しい」という声がもれる。ただ、この言葉は「向上心」の裏返しであり、若さの秘訣(ひけつ)でもある。
 二〇〇九年に九十二歳で亡くなり、それまで二人三脚のようにマネジャーを務めてきた母親に、いつもこう語りかける。「もっと良い役者にならないとそちらに行けないから、まだしばらく待っていてね」
 今年九月には、現代イタリアの劇作家ルナーリの代表作「住所まちがい」の舞台に出演する。世界二十カ国で翻訳上演されてきた名作だが、日本では初演となる。登場人物が今いる場所は果たして正しい場所なのか−そんな存在の不条理性を描いた喜劇だ。
 「長く生きていると、こういうおっかない(難しい)作品もやってくる。でも、つらくても役に立つうちはやり切る」と新たな挑戦を見据える。
 「もっと良い役者に…」の道に終わりはない。 

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