大型運転免許に聴力の壁、なぜ? 全く聞こえなくても二輪や乗用車はOK、中型以上はNG

2022年3月31日 17時00分

トラクターで畑を耕す遠藤さん。視覚を頼りに慎重に作業を進める=宮城県白石市で

 「全く聞こえない人が大型特殊免許を取れないのは時代に合わないのではないか」。宮城県聴覚支援学校教諭の遠藤良博さん(64)から河北新報に疑問の声が届いた。自動車運転免許の一部は、重い聴覚障害のある人でも補助器具を設置して取得できるようになったが、トラクターなどを運転できる大型特殊免許は依然厳しい条件が課されているという。実態を調べた。(河北新報・藤沢和久)

◆理解はしつつも…「大きい車ほど死角が大きい」

 道交法施行規則は補聴器を装着して「10メートルの距離で、90デシベルの警音器(クラクション)の音が聞こえる」ことを運転免許の適性検査の合格基準とする。車体の小さな二輪や小型特殊は基準がなく、全く聞こえない人も取得できる。聴覚障害者が取得できる運転免許(第1種)の種類はの通り。
 聴力が基準に満たない場合でも、準中型と普通には例外規定がある。2008年の道交法改正で、広範囲を確認できるワイドミラー(特定後写鏡)と聴覚障害者標識を取り付ければ、聴力がなくても免許が取れるようになった。運転免許に聴力の有無を問わない海外の事例を参考に、聴覚障害者の社会参加を促す活動が後押しした。
 聴覚障害のある遠藤さんは20歳の時、補聴器を着けて普通免許を取った。40数年、大きな事故や違反はなく、仙台市の職場への通勤など日常的に運転している。退職後を見据え「両親から受け継いだ田畑を耕し、コメや野菜を作ろう」と思い立った。トラクターで公道を走るため大型特殊車(農耕車限定)の免許取得を目指し、県農業大学校で運転操作を学んだ。
 昨年9月、県運転免許センターであった実技試験前の適性検査。遠藤さんはクラクションの回数や持続時間を聞き分けられず、不合格に。高い周波数が聞き取りにくい補聴器だった上、換気で扉が開け放たれており、周囲の雑音を拾ってしまったという。補聴器を買い替えて調整を重ね、再受験でようやく免許を手に入れた。
 「これでトラクターを運転できる」。ほっとした一方、疑問が湧いた。準中型や普通の特例を大型特殊などにも適用できないだろうか。そうすれば聴覚障害者の取れる免許の幅が広がる。遠藤さんは充実する車の装備を挙げて「バックモニターや大型ミラー、センサーで死角はカバーすることができる」と主張する。
 運転免許センターの担当者は一定の理解を示しつつも「車が大型になるほどミラーで見えない死角が大きくなる。交通安全のために(条件付けは)致し方ない」と話す。
 遠藤さんは重ねてこう訴える。「聴覚障害者は目に神経を集中させて運転している。『大型車は死角が大きい』というだけで門前払いするのは、聴覚障害者の免許取得を禁止していた50年前と何も変わらない」

◆「眼鏡と補聴器は同じ」勝ち取った権利

 聴覚障害者はかつて自動車運転免許を取得できず、不自由な生活を強いられた。運転免許を巡る経緯に詳しい仙台市の手話通訳士半沢啓子さん(73)によると、切実な声を上げることで共感を広げ、権利を勝ち取ってきたという。

聴覚障害者と運転免許を巡る半世紀の歩みを説明する半沢さん=宮城県聴覚支援学校で

 聴覚障害者の運転を禁じる条項が法に盛り込まれたのは1960年。道路交通取締法に代わって道交法が制定された際だった。免許の取得や更新ができなくなる事例が続出し、仕事のためにやむを得ず無免許運転を繰り返し、何度も罰金を払った人もいたという。
 69~72年、半沢さんは無免許運転で起訴された盛岡市の男性の控訴審で通訳を担った。男性は「聴覚障害を理由に運転免許が取れないのは差別だ」と主張。当時は適性検査で補聴器の使用が認められず、不合格となっていた。
 男性は74年に最高裁で有罪が確定したものの、翌75年の道交法施行規則改正で、検査時に補聴器を使えるようになった。半沢さんは「眼鏡が許されてなぜ補聴器は駄目なのかという訴えが世論を動かした」と説明する。2008年には全く聞こえない人も普通免許を取れるようになった。
 半沢さんは1月、宮城県聴覚支援学校中学部の1~3年10人に運転免許に関する歴史を教えた。生徒からは「免許が取れない時期はどう生活していたのか」「めげずに運動を続けられたのはなぜか」といった質問が出た。2年の奥田梨世りいよさん(14)は「先人たちのおかげで免許取得が認められ、感謝している。将来、家族の送り迎えや買い物のため、車やバイクの免許を取りたい」と話した。

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