<ふくしまの10年・行ける所までとにかく行こう> (11)大丈夫と言われたから

2020年5月5日 02時00分

猫の世話もあり帰宅していた関場さん夫妻。豊田さんから放射線量を聞かされ、この地を去った=福島県浪江町赤宇木で(豊田直巳さん提供)

 二〇一一年四月十五日から写真家の豊田直巳さん(63)は四回目の福島取材に入った。浪江町の山道を走行中、橋の向こうに人を見つけた。
 同町津島、赤宇木(あこうぎ)地区は、東京電力福島第一原発の二十キロ圏外だが、高濃度に放射能汚染され、既に避難指示が出ていた。原発事故から十年目の現在も帰還困難区域で、許可なく出入りできない。
 豊田さんが出会ったのは関場健治さん、和代さん夫妻。いったん会津地方の親戚のもとに身を寄せたが、飼い猫の問題もあって戻ったという。
 「この地区の放射線量を聞いていないのですか?」。こう問うと、和代さんは「自衛隊や警察、白装束(防護服)の人たちを見かけるたび、大丈夫なのと聞いたが、だれも数字は教えてくれなかった。『大丈夫』と言われたから、ここにいるのよ」と答えた。
 豊田さんは線量計を取り出し、公道から関場さん宅に続く道の入り口で測ると毎時二〇マイクロシーベルト。線量計を地表に近づけると一〇〇マイクロシーベルトまで上昇し、地表からも周囲からも非常に強い放射線が飛んできていることがはっきりした。放射性物質がたまりやすい雨どいの排水口近くで五〇〇マイクロシーベルトにまで上昇した。
 「事故前の四百から一万倍の値。ここに長くいない方がいいですよ」。そう聞かされた関場さん夫婦は驚き、すぐ避難すると決めた。三十分ほどで荷物をまとめ、愛猫を連れ、会津方面へと旅立った。
 その姿を豊田さんは見送った。関場さん夫婦は福島県内を転々と避難を繰り返し、五年前、茨城県日立市に落ち着いた。しかし、美しい自然に囲まれた暮らしを奪われた喪失感が消えることはない。

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