抗議の「3本指」掲げたミャンマー元代表GK 日本のチームを半年で引退 前向きな物語の陰に厳しさ

2022年4月3日 12時00分
 母国の動乱に翻弄ほんろうされ、3月末で引退したアスリートがいる。サッカーの元ミャンマー代表ゴールキーパー、ピエリヤンアウンさん(26)。ワールドカップ(W杯)予選で来日後、昨年2月の軍事クーデターに抗議する「3本指」を掲げ、帰国を拒んで難民認定された。フットサルチームとプロ契約し、新たな道を歩んでいた彼に何があったのか。揺れ動き続けた胸の内を明かした。(特別報道部・北川成史)

◆「チームに迷惑かけられない」

 ピエリヤンアウンさんに話を聞いたのは3月27日、ミャンマーの国軍記念日だった。昨年のこの日、国軍は抗議活動をする市民100人以上を殺害した。血塗られた日だ。インタビュー中の表情は硬かった。

引退を決意するに至った心中について話すピエリヤンアウンさん=3月27日、東京都千代田区で

 「中ぶらりんの気持ちでチームに迷惑はかけられない。プロ選手として終止符を打とうと決めた」
 昨年5月、千葉県内での日本戦で、国歌斉唱の際に3本指を掲げた。身を案じる在日ミャンマー人らの支援を受け、6月、帰国直前の関西空港で、出国審査の職員に保護を求めた。
 8月、申請から約2カ月という異例の速さで難民認定。9月、フットサルFリーグYS横浜に入団した。劇的で、前向きな物語のように映ったが、現実は厳しさに満ちていた。

◆日本語、バイト...「駅のベンチで座り込んだ」

 フットサルはコートが小さく頻繁に攻守が変わる。キーパーは絶えず他の選手に指示を出す必要がある。「日本語ができないのはフラストレーションだった」
 生活費を補うため、アルバイトもした。
 朝4時台に起床し、6時からの練習に参加。8時すぎに終わると、10時に始まる化粧品工場で道具を洗浄する仕事に急ぐ。練習が長引くと、バイト前にシャワーも浴びられない。
 午後5時半終業。「練習と仕事でぐったりし、駅のベンチで座り込んだ」。帰宅後は9時まで、日本語のオンライン授業を受けた。床につくのは11時ごろ。睡眠は4、5時間だった。
 11月、バイトをやめた。「フットサルの練習と日本語の勉強に時間を割きたかった」

◆SNSに痛ましい動画...「無力感、後ろめたさ」

 だが、思わぬ副作用が生じた。空き時間にスマートフォンで会員制交流サイト(SNS)を見る機会が増えた。母国の市民は国軍の暴力をSNSで告発している。国軍のトラックがデモ隊に突入する動画など、痛ましい場面が頭に焼きついた。「忙しい時期は大変だったけれど、物事を深く考える時間もなかった」
 日本残留を決めた6月、「3、4カ月すればミャンマーに戻れるのでは」と期待を抱いていた。
 ところが、国軍は市民の反発に力を振りかざし、アウンサンスーチー国家顧問ら主要人物の拘束を続けた。民主派は「国民防衛隊(PDF)」の結成と自衛のための戦闘を呼びかけた。国軍と市民の溝が深まる中、国際社会は手をこまねき、事態は悪化していった。

2021年7月、YS横浜の練習に参加した際の記者会見で、母国を思い涙ぐむピエリヤンアウンさん=横浜市で


 「安穏とサッカーをしているような後ろ向きな気持ちが芽生えた」。12月後半、チームで新型コロナの感染者が出て、一時練習が休みになった。再開されても、足が向かなかった。
 自身が知る範囲では、ミャンマーでのデモで20歳前後のサッカー選手2人が射殺された。拘束されている代表選手もいる。18、9歳の若手を含め、数人のサッカー仲間がPDFに加わっている。少数民族武装勢力から訓練を受け、武器を手にし、ジャングルに潜んで抵抗している。
 「自分は日本で命をつなげるが、彼らは命の危険を冒して戦っている。無力感や歯がゆさ、後ろめたさにさいなまれるようになった」
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