<ふくしまの10年・行ける所までとにかく行こう> (5)希望見つけるため

2020年4月25日 02時00分

観光バスで、さいたまスーパーアリーナに避難してきた双葉町の住民たち=さいたま市で(豊田直巳さん提供)

 とても受け入れがたい津波被害と、東京電力福島第一原発事故による放射能汚染を体感した写真家の豊田直巳さん(63)は、いったん東京に戻った。福島県双葉町の住民が、三月十九日にさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)に避難してくると聞いて駆けつけた。午前中から待った。
 午後三時前、観光バスに分乗した住民たちが到着した。多くのボランティアがお年寄りを支えながら歩き、車いすを押して出迎えた。炊き出しや場内の案内地図も準備する姿に感銘を受けた。
 ボランティアの中には双葉町出身で首都圏に住んでいる人たちもいたようで、ふるさとの顔見知りと無事に再会を果たす場面もあった。抱き合って涙を流して喜ぶ姿に、豊田さんはぐっときた。
 「自分は原発事故で無人の街となってしまった感覚が強かったが、双葉町は津波被害も大きかった。二重の被害を受けた方々も多いのだと認識し直した」
 井戸川克隆町長(当時)の姿もあり、数日前に見た双葉町の様子を手短に伝えた。「住民に伝えてやってくれ」と言われたという。
 母親に手を引かれ、リュックを背負った小学五年生の女の子の姿もあった。原発事故の発生から一週間、避難先を転々とするつらい日々を送った。カメラを向けると、女の子はマスクを外し、「早く、家に帰りたいです」と笑顔で答えた。
 笑顔で自分を鼓舞しているのかもしれない。そう感じた豊田さんは、町の様子を伝えようかと思ったが、言葉をのみ込んだ。何か希望の可能性を見つけたいと、再び双葉町を取材しようと心に決めた。

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