産業「慰安所」の真実に光 研究会が書籍化 戦時下の日本に存在、「国策としての性搾取、軍と同じ」

2022年4月9日 17時26分
 戦時中の日本で労働動員された朝鮮人労働者を対象とした慰安所の朝鮮人女性たちに光を当てようと、研究者や市民でつくる高麗博物館(東京)の朝鮮女性史研究会が6年がかりで調査し、本にまとめた。労働管理のための慰安所を、軍の慰安所とは別の「産業『慰安所』」と定義した。「植民地支配を進めた日本の国策として、性の搾取が行われた。女性たちの犠牲の上に成り立つ制度だった」としている。(安藤恭子)

産業「慰安所」の実態解明に取り組んできた高麗博物館朝鮮女性史研究会のメンバーら=東京都新宿区で

◆高麗博物館の研究会が調査

 「特別慰安所はの地方の実情に応じ事業主に於て…適宜処理すること」。1942年2月の厚生省、内務省連名の要綱にこうある。動員した朝鮮人労働者の取り扱いや訓練を定めるもので、すなわち「移入朝鮮人」のために慰安所を設けよ、という意味だ。
 炭山における朝鮮人の勤労管理のための別の文書は「わかりやすく言えば性解決所である。半島女子がいれば好都合。国語の十分できないものは気分が出ない」と記す。「はばかり多い」と前置きしつつ「1000人の半島労務者に対して10人程度といって置きたい」とした。
 研究会の1人で在日朝鮮人2世の梁裕河ヤンユハさん(74)は「朝鮮人には朝鮮の女を相手にさせるべきだ、という『性の防波堤』の役割、そして大和民族の純血にこだわる優生思想が、背景にあるのではないか」と憤る。
 38年以降、過酷な炭坑やダム建設に朝鮮人男性が動員される中、逃亡させないための労働管理として「性的に慰安する施設」が生まれた。樋口雄一・高麗博物館前館長は、日本軍の慰安所と区別し「産業『慰安所』」と定義した。

◆北海道から九州まで存在

 研究会が確認できた産業「慰安所」は57カ所。朝鮮人集住地区の朝鮮料理店がつくり変えられたり、企業が設置を働き掛けたり。形態はまちまちだが、北海道から九州まで存在。40年の国勢調査によると、「芸娼妓しょうぎ・酌婦」の朝鮮人女性は1488人で、10代が半数を占めた。
 記録や証言が残らない女性たちの姿を探りたいと、研究会は2015年から産業「慰安所」があった15カ所を現地調査した。太平洋戦争末期、天皇や政府機関の避難先として計画され、朝鮮人労働者が命を落とした松代大本営工事(長野市)もその一つだ。
 1932年の北海道・函館の新聞記事には「朝鮮酌婦2人で抱合ひ心中か 立待岬突端で発見」とある。だまされて「売春」を強要され岬の絶壁から身を投げた、と地域に伝わる。別の新聞は、夕張炭鉱の産業「慰安所」を「郷愁忘れのサービス嬉し 美しい妓生部隊」とし、一角が明るくなったと記した。別の炭鉱では慰安婦を1回抱くのに6円、働きの良い者には割引券が出た、とする朝鮮人労働者の証言も残る。

◆日本の植民地支配下で制度が確立

 そもそも公娼こうしょう制がなかった朝鮮に、日本の植民地支配下で制度が確立。日本人移民や軍の将兵を相手とする日本式の性売買が導入され、東アジア一帯に朝鮮人女性を「供給」する人身売買のネットワークが生まれた、と研究会は指摘する。
 昨秋出版した「朝鮮料理店・産業『慰安所』と朝鮮の女性たち」(社会評論社)の表紙には、憂いとりりしさを帯びた表情を見せる、神戸の朝鮮料理店の酌婦たちの写真を載せた。
 研究会の大場小夜子さよこ代表(69)は「産業『慰安所』の女性たちの問題はずっと置き去りにされてきたが、朝鮮人の強制労働や軍の慰安婦と同じ構造といえる。今の女性差別、民族差別にもつながる人権侵害を明らかにしたい」と話した。

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