泉 麻人【東京深聞】鳩の街の古民家喫茶『こぐま』(墨田区・東向島)~ぐるり東京 町喫茶さんぽ~

2022年4月15日 09時30分

イラスト:なかむらるみ

 

「泉麻人 絶対責任編集  東京深聞とうきょうしんぶん」がリニューアル!泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、東京の喫茶店をめぐる街さんぽエッセイ。さんぽ途中で町の喫茶店を訪れ、店の生い立ちなどをマスターに深く聞きます。今までの「東京近郊気まぐれ電鉄」もバックナンバーとしてお読みいただけます。

鳩の街の古民家喫茶『こぐま』

 東京スカイツリーの北東方に曳舟という町がある。もっとも、東武線の曳舟と京成線の京成曳舟―――2つの駅の名に使われているものの、町名に曳舟はない。古い街並が残っている地域としても知られるが、スカイツリーが建設されて、半蔵門線が乗り入れられるようになってから、駅前には高いビルがどっと増えた。
 昔ながらの街並がよく残っているのは、駅南東側の京島の界隈なのだが、まずは東武の曳舟から西の向島の方へ歩いていこう。料亭が建ち並ぶ見番通りから墨堤通りの脇道に入っていったら、黒瓦屋根の古い日本家屋が寄り集まる袋小路に出くわした。突き当たりの所に「印牧かねまき治療院」というのがある。指圧の医院のようだが、ここは腰痛でもひどくなったら訪ねてみたいなぁ。
 墨堤通りをもう少し北へ進むと「鳩の街通り」と呼ばれる商店街の入り口がある。うっかり見落としそうな狭い通りだが、反対の隅田川の側に首都高の向島の入り口があるのでコレが目印だ。沿道に「鳩の街」とレトロ調の字体で記した旗が点々と掲げられているが、ここは昭和20年の終戦直後(正確には直前らしい)から10年余り、色街(赤線)としてにぎわった筋で「鳩の街」の名は当時付けられた愛称(平和の象徴の意だろう)と聞く。空襲で焼失した玉ノ井(東向島)から移ってきた家(店)が多かったらしい。
 昭和30年代以降は、生活用品を売る“ふつうの商店街”になっていった。近頃はそういう昭和中期からの商店も減ってきたが、中に以前の商店街の建物を再利用した、魅力的な喫茶店がある。「こぐま」という店、いわゆる“古民家カフェ”というタイプになるのだろうが、前身の建物の面影を残しながら、美しくリニューアルされている。
 ブリキの側壁に<カネコ薬品>と記された掲示板が残されているが、前身は薬屋さんで、昭和2年建築の家だという。そう、このあたりは大方が空襲焼失した向島、本所区内で奇跡的に焼け残った地域だったのだ。
 喫茶店の店主、山中明子さんが店開きしたのは2006年、というから、まだ“古民家カフェ”みたいなジャンルが定着する前だろう。玄関口などに見られる格子戸やスダレの装飾は喫茶店になってからのものだが、どことなく飛騨高山あたりの城下町の珈琲屋や古道具屋を思わせる。伺ってみたら、山中さんは長野の上田の出身とのことだから、風土は近いかもしれない。そして、棚にはオリジナルのコーヒーカップ(持ち手に可愛らしい動物が象られている)などとともに、往年の薬局に所蔵されていた古めかしい薬のパッケージ…なんかも陳列されている。
 「こぐま珈琲」という、ほろ苦系のブレンドと、ランチメニューの頭に紹介された「特製ひよこ豆のカレー」をいただいた。注文した時は無意識だったけれど、「ひよこ豆」というのも「鳩の街」のイメージに合っているような気がする。ところで、店名の「こぐま」が気になる人もいるかと思うが、これは山中さんの学生時代のあだ名らしい(しかし、こぐまっぽい風貌には見えない)。

<上>特製ひよこ豆カレー(900円)<下>こぐま珈琲(500円)

 鳩の街の通りを南下、曳舟の駅前を過ぎて京島の界隈に入った。京成の踏切を渡ると、昔ながらのくねくねとした道筋になってくる。やがて、<キラキラたちばな>の旗を出した、向島橘銀座商店街にぶつかった。

<上>向島橘銀座商店街。通称キラキラ橘商店街と呼ばれている。 <左下>こちらであんバターのコッペパンを購入 <右下>オリジナルのエコバッグ(590円)

町工場密集地に隣接していたことから、コロッケやオデンなどの惣菜を売る店が昔から多かった下町商店街、なかに古い看板のままで営業している「ハト屋」というパン屋がある。数年前に引退した高齢の女店主から引きついで、若い人が店をやっているようだが、ここの名物は様々なオカズを挟んだコッペパン。ひよこ豆のカレーを食べた後とはいえ、ついつい「あんバターのコッペパン」を買ってしまい、路地裏に見つけた公園のベンチで食らいついた。
 思えば、鳩の街といい、ハト屋のパンといい、曳舟さんぽはハトと縁がある。通りがかった路地裏にも妙ににドバトが群れている一角があった。

今回訪れた喫茶店

こぐま
住所 東京都墨田区東向島1-23-14
営業時間 11:30~18:30
定休日 火曜・水曜
※新型コロナウィルスの影響で、掲載したお店や施設の臨時休業および、営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。

PROFILE

◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/

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