<ふくしまの10年・小高にあった「ラーメン大将」> (4)盲導犬案じ避難所変更

2020年4月17日 02時00分

解体工事が進む「ラーメン大将」。右端が宗雄さんが建てた車庫=2014年7月、福島県南相馬市小高区で

 東日本大震災の津波と福島第一事故に見舞われた原田幸子さん(64)の避難先、会津若松市の体育館では、目が見えない夫の宗雄さん(76)に付きそう盲導犬のハーツが子どもたちの注目の的になった。
 「子どもたちが犬の首にしがみついたまま、膝をついて歩いたりするので、犬が落ち着かなくなった」。子どもたちに悪気はないが「犬がだめになる」と心配になった。一緒に避難していた娘の亜希子さん(41)が市の担当者と交渉して、身体障害者用の施設に移ることができた。
 二〇〇二年に施行された身体障害者補助犬法で公的施設で盲導犬などの受け入れは義務付けられている。日本盲導犬協会によると東日本大震災で避難所に同伴した協会の盲導犬は少なくともハーツを含め三匹いるが、大きなトラブルはなかったという。
 一方で避難所に行くのをためらい、劣悪な状況でも自宅にとどまることを選択した視覚障害者もいた。必要な情報が紙で張り出されるなど、見えないことで生ずる壁は数多くある。
 原発事故から四カ月後の二〇一一年七月、幸子さんたちは、経営していた南相馬市小高区の「ラーメン大将」に一時的に立ち入りできる機会を得た。
 最後のお客さんの水色の丼がカウンターに載ったままだった。茶だんすの中には、娘が結婚式の時に書いてくれた両親へのお礼の手紙が入っていたが、倒れて取り出せなくなっていた。
 視力を失い、仕事ができなくなった宗雄さんが生きている証しとして建てた車庫は津波に耐えた。しかし避難指示が出た地域で店の再開は困難だと感じた。
 「何もかもなくしてしまうんだ」。幸子さんの心は凍った。

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