枯死相次ぐ「名勝小金井桜」を復活させよう 府中市の都立農業高が協力し進むプロジェクト

2022年4月14日 07時07分

ソメイヨシノに遅れて満開になった玉川上水の小金井桜=小金井市で、6日撮影

 かつて日本有数のサクラの名所として知られた「名勝小金井桜」。玉川上水沿い6キロのヤマザクラの並木を復活させようというプロジェクトが東京都や小金井市を中心に進行中だ。古木が目立ち、多くが枯死の危機に瀕(ひん)しているが、府中市の馬場大門のケヤキ並木再生などで実績のある都立農業高校(府中市)が育苗の協力に乗りだし、後継樹の確保に光が見えてきた。
 三月中旬、同校緑地計画科一年生(現・二年生)約三十人が同校の農場で四十三本の後継樹の植え替え作業に汗を流した。小金井市の市民団体「名勝小金井桜の会」が寄贈し、二月に会員と生徒が校庭の一角に仮植えした苗だ。苗の一つ一つには「さくらプロジェクト」の番号札。「無事に育ってくれるといいな」。苗木が順調に育てば自分たちが卒業するころには玉川上水沿いに移植できると聞き、生徒らは苗が花を咲かせる様子を思い描いた。
 小金井市内に住む同校の佐藤武仁教諭が昨年、小金井桜の存在を知り、「ぜひ育苗に協力したい」と申し出たのがきっかけだった。名勝小金井桜の会がこれまで育苗に使ってきた畑は育苗には適さない宅地跡で、会のメンバーの高齢化も著しく、後継樹の育成は瀬戸際にあった。「渡りに船だった」と小沼広和会長(73)は振り返る。
 小金井桜の並木は、約二百八十年前の江戸時代中期、幕府の命で吉野山(奈良県)や桜川(茨城県)など各地のヤマザクラを取り寄せ、小金井橋を中心とした玉川上水の両岸に植えたのが始まりとされる。数多くの浮世絵に描かれるなど江戸近郊で一番の花見の名所として知られた。

2月に都立農業高校で行われた小金井桜の苗の仮植え作業=府中市で(小沼広和さん提供)

 一九二四(大正十三)年には、小川水衛所(小平市)−境橋(武蔵野市)の六キロが国の名勝に指定された。花見客を運ぶため、二年後の二六年には武蔵小金井駅が開業したほどだった。
 ところが六五(昭和四十)年、淀橋浄水場(新宿区)の廃止で上水に水が流れなくなった。国と都による上水の所有権争いなどの影響で長期間、管理が滞り、雑木が成長。サクラの日照を奪い、樹勢が衰える一因になった。名勝指定当時約千四百本あった並木は現在は約九百本にまで減少。「補植は続けているが、老木が多いため枯死や倒木が相次ぎ、現状維持がやっと」(都教育庁)の状況。サクラの「名所」の座はソメイヨシノなどが咲き誇る都立小金井公園に奪われたままになっている。

歌川広重「武州小金井堤満花之図」=小金井市所蔵

◆桜広めた英国人 企画展開催中

 小金井市文化財センターで季節展「名勝小金井桜」が5月29日まで開かれている。
 江戸時代から続くサクラ並木の歴史を多彩な浮世絵や写真などで紹介。見どころは大正時代に小金井桜を海外へ紹介した2人の英国人研究者のコーナー。1914(大正3)年、屋久島で屋久杉の巨木の切り株「ウィルソン株」を発見した後、小金井を訪れたアーネスト・ヘンリー・ウィルソン(1876〜1930年)が撮影した写真2枚を展示している。「小金井桜を撮影した写真や絵はがきは大量に残されているが、正確な日付や場所が特定できる写真は貴重」という。
 入場無料。月曜休館。問い合わせは同センター=電042(383)1198=へ。

小金井市文化財センターで開催中の「名勝小金井桜」展

 文と写真・花井勝規
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