<ふくしまの10年・小高にあった「ラーメン大将」> (2)失明…車庫づくり奮闘

2020年4月15日 02時00分

車庫づくりに励む原田宗雄さん=福島県南相馬市小高区で(原田さん提供)

 一九八二年七月、南相馬市小高区の国道6号沿いに「ラーメン大将」を開店して一年半ほどで、原田宗雄さん(76)の目は完全に見えなくなった。
 不安やいら立ちを、店を切り盛りする妻の幸子さん(64)にぶつけることも珍しくなかった。「ムちゃん(宗雄さんの愛称)はイカのさばき方とか、中華料理の腕はすごかった。目が見えなくなって、できなくなっちゃったのはすごく残念だった。でも憎たらしいっていう思い出もいっぱいあります」
 失明から十年ほどたったある日、宗雄さんは店の隣に車庫を建てることを思い立った。「頭の中で図面を描いていくんです。それまで犬小屋ぐらいしか作ったことはなかった」(宗雄さん)
 手探りで木材にくぎを打ち、触って形を確かめながら骨組みを作り、板を張って屋根などを作った。中学生だった娘の亜希子さん(41)も木材を採寸するなどの作業を手伝った。車庫づくりには、娘に父親の頑張る姿を見せたいという願いもあった。途中、宗雄さんは水路に落ちたり、指に金づちを打ち付けたりして生傷は絶えなかったが二カ月で車庫は完成した。
 車庫ができてからは、宗雄さんは再び目標を失い、「悪い人」(幸子さん)に戻った時期もあったようだが、二〇〇六年に初代の盲導犬のハーツが来て、生きることに活路を見いだせるようになった。亜希子さんが結婚し、夫婦と犬一匹で暮らしていた一家を一一年三月十一日、東日本大震災が襲った。
 その日の昼ご飯にカレーうどんを食べ、宗雄さんはハーツと一緒に接骨院に出掛けようとしていた。正月に足をねんざしていた。大きな揺れの後、二人と一匹は車の中に避難して、落ち着くのを待った。

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