育児日記が伝える日々 松永真菜さん、莉子ちゃんの生きた証「現実的に感じて」 池袋暴走事故の経緯とポイント

2022年4月18日 00時00分
 
  池袋乗用車暴走事故の現場 
 2019年4月19日、東京・池袋で乗用車が暴走する事故が発生し、横断歩道を渡っていた松永真菜さん=当時(31)=と長女莉子ちゃん=同(3)=がはねられて死亡しました。
 亡くなった2人が生きていたことや遺族の苦しみを現実的に感じてもらい、ハンドルを握るときに思い出してもらえたら、助かる命があるかもしれない。遺族の松永拓也さん(35)から、こうした思いを3年間、何度も聞いてきました。記者として自分にできることを探しました。そして今回、「松永真菜さん、莉子ちゃんの歩み」として2人の人生を振り返りました。どんな日々が事故で途絶えたのか、皆さんと共有したいと考えました。刑事裁判での争点や誹謗ひぼう中傷の問題などもまとめました。
 警察庁によると2021年の交通事故の死者は2636人です。その一人一人に人生があることを意識したいと思います。誰もが交通事故の加害者にも被害者にもならない社会へ、それぞれの立場で力を尽くせることを願います。(デジタル編集部 福岡範行)=2022年4月18日公開

事故の概要  東京地裁判決によると、旧通産省工業技術院の元院長は2019年4月19日正午すぎ、東京都豊島区東池袋4の都道で、ブレーキと間違えてアクセルを踏み続けて時速約96キロまで加速し、赤信号を無視して交差点に進入。横断歩道を自転車で渡っていた松永真菜さん=当時(31)=と長女莉子ちゃん=当時(3)=をはねて死亡させたほか、通行人ら男女9人に重軽傷を負わせた。
 元院長は21年9月、東京地裁で禁錮5年(求刑禁錮7年)の実刑判決を受け、確定した。元院長が事故当時87歳だったことから、高齢ドライバーによる交通事故は社会問題に発展した。元国家公務員である運転者が捜査の過程で逮捕されなかったことも、世間の注目を浴びる要因となった。


◆経緯

2018年1月9~11日、莉子ちゃん2歳の誕生日の育児日記


◆事故をめぐるポイント

  • ①高齢ドライバー対策

     池袋暴走事故は、高齢ドライバー対策が進む契機になった。運転に不安がある高齢者らが免許返納する動きが広がり、都内では2019年、事故後に月平均で2000~3000人増えた。
     20年には道路交通法が改正され、高齢者の運転免許更新制度が変更。認知機能検査や高齢者講習とは別に運転技能検査(実車試験)が新設された。実車試験は22年5月13日から、一定の違反歴のある75歳以上に義務付けられる。「安全運転サポート車(サポカー)」の限定免許制度も始まる。
     遺族の松永拓也さんは免許更新制度の変更に賛同しつつ、車がないと生活が難しいような高齢者への支援策の必要性も指摘し、「同時に改善していくことが大事」と訴えている。

  • ②ブレーキとアクセルの踏み間違い

     2020年10月~21年9月に東京地裁で開かれた刑事裁判で、検察側は旧通産省工業技術院の元院長が走行中にブレーキと間違えてアクセルを強く踏み込み、暴走したと主張した。一方、元院長側は、運転ミスはなく、車の不具合が事故原因だとして無罪を主張した。
     事故後の調査では、電子制御のアクセルやブレーキに故障は見つからなかったが、元院長は被告人質問で「電子制御は時々、不具合が起こることがあって、再起動すると元に戻って正常に機能することがある。そのような事例ではないか」と述べた。事故時の状況は自らの記憶に基づいてブレーキを踏んだと説明し続け、最後の意見陳述でも「踏み間違えたという記憶は全くございません」と語った。
     判決で、下津健司裁判長は、ブレーキランプが点灯していなかったとの目撃証言などを信用できると判断。警察やメーカーによる機能検査の結果から「車の異常で暴走した現実的な可能性は認められない」と指摘し、事故原因を「約10秒にわたり、ブレーキと間違えてアクセルを踏み続けて進行した過失」と認定した。元院長の認知能力の衰えがペダルを踏み間違えた理由か否かには「証拠上明らかではない」と踏み込まなかった。
     事故原因を巡っては、元院長が事故時に運転したハイブリッド車「プリウス」のメーカーのトヨタが公判中に「車両に異常や技術的な問題は認められなかった」とする異例のコメントを発表した。

  • 誹謗ひぼう中傷

     運転者の元院長は事故で自らも負傷し、入院したことから警視庁に逮捕されなかった。ある検察幹部は東京新聞の取材に「逮捕や勾留が必要なのは証拠隠滅や逃亡の恐れがある場合。被告は高齢な上、けがで入院していた。口裏合わせをする相手も考えられず、警視庁は逮捕しなかったのでは」と話した。
     ただ、運転者が元官僚で勲章も受章していることから、ネット上などでは「上級国民は特別扱いか」と疑問の声が上がり元院長への批判が過熱。元院長に脅迫状が届く事態に発展した。元院長に対する誹謗中傷は公判中も続いた。東京地裁判決では、それらを「苛烈な社会的制裁」と指摘し、「被告人に有利に考慮すべき事情の1つ」として禁錮の年数を検察の求刑よりも減らす理由の1つに挙げた。
     事故遺族の松永拓也さんは判決確定後の会見で、故意に起こされた事故ではないことも指摘し、「加害者を必要以上に誹謗中傷し続けることや、上級国民だとか、逮捕されなかったことは本質的に大事なことではないと思っています」と発言。元院長個人へのバッシングが強まることで、多くの人に届けたい事故防止のメッセージが伝わりにくくなるのではないかとジレンマを抱えていたことを明かした。
     公判中に何度も記者会見をした松永さんに対しても、ネット上では「妻子を亡くしたくらいで騒ぎすぎ」「悲劇のヒーロー気取りか」などと書き込まれることが起きていた。松永さんは「ボディーブローのように、ずっと心をえぐられてきた」という。2022年3月には松永さんのTwitterの投稿に匿名アカウントから「金や反響目当てで、闘っているようにしか見えませんでした」「お荷モツの子どもも居なくなったから乗り換えも楽でしょうに」と返信があり、警視庁が侮辱容疑で捜査する事態になった。

  • ④遺族報道

     2019年4月19日の事故直後には、報道陣が松永拓也さん宅前に多く集まった。松永さんは当時、報道に対する恐怖心を抱いたことを後日の東京新聞の取材に明かした。大勢の報道陣を見たときには「何でこっちに来るんだろう」と疑問を感じ、家のチャイムを鳴らされた際は「単純に怖かった。ついさっき遺体と対面したばかりで、自分たちも状況が把握できず何も考えられなかった」という。事故3日後には弁護士を通じて「当たり前のように一緒に生きていけると思っていた大切な2人を失い、失意の底にいます。家族で静かにお別れしたいと思います。どうかそっとしておいていただけますようお願いいたします」とのコメントを公表。事故5日後の告別式後に開いた会見では記者の目を見られず、うつむいていた。
     ただ、別の交通事故の遺族から、「社会に向けて訴えかけられる」などの報道のプラス面も聞き、19年6月以降、記者と一対一で話すようになった。記者たちの思いを直接聞く中で、自分とは立場は違うものの事故を防ごうという熱意で動いている記者は多いと考えるようになった。
     松永拓也さんは事故直後、報道陣にフルネームを明かさなかったが、事故から1年に合わせて実名を公表。「1年の猶予で心の準備や交通事故防止への覚悟ができた」と理由を語った。

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