「続けられたのは奇跡」少数派、理系の女性研究者の胸の内 高いジェンダーの壁も喜びも

2022年4月23日 06時00分
 日本の研究者に占める女性の割合は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で最低レベルにとどまる。本紙が全国の理系の女性研究者を対象に理由などを尋ねたアンケートでは、20~70代の約200人が研究生活を阻む壁や困難とともに、研究の喜びについても、率直な胸の内を明かしてくれた。自由記述欄の一部を紹介する。(増井のぞみ、グラフは福岡範行)

◆「家事、育児、介護との両立」の壁

「いわゆる任期制の博士研究員(ポスドク)のうちに出産適齢期になるが、その場合は多くが産休育休中で任期切れとなり、復職時は無職になるため保育園に入れないことからさらに復職が困難になる。一度社会のレールから外れると復帰できない」(惑星科学 博士研究員)

「博士号取得後、研究者としてキャリアアップに重要な時期が、出産・育児と重なる。研究者としての採用時も、多くがこれに重なる。本人も萎縮、自己規制し、採用側も研究能力として判断」(西川恵子・豊田理化学研究所フェロー 73歳)

「大学院を出た後に研究から離れた友人が何人もいる。その多くは出産や夫の海外赴任を機に家庭に入った。家庭との両立が簡単ではないことの表れだと思う」(向後晶子・群馬大医学系研究科講師 51歳)

「夫婦ともに研究者の場合、同じ地域・大学で仕事を見つけることは難しく、片方が単身赴任になるケースが多いが、その場合にはどうしても女性の側の子育て負担が大きくなってしまう」(医学部 助教)

「いちど職から離れてしまうと技術や知識が追いつかなくなる。私はそれが心配で育休は取りませんでした」(酒井麻衣・近畿大農学部講師 44歳)

「周りを見渡すと、最前線で研究を続けている方は、結婚していないケースや、子供がいないケースが多いです。産休・育休や保育園入園のシステムは、任期のない会社の正社員の方が対象になっていると実感しています。男性ですら就職の難しい現在の研究業界に進みたいと思う女性は、今後ますます減ると思います。もっと多様な生き方ができる社会の雰囲気・構造に変わることを願います」(研究機関 研究員)

◆「無意識の偏見」の壁

「女性よりも男性の方が理系分野は得意というバイアスのせいで女子学生が力をうまく発揮できないまたは指導者がそのように接してしまうことがある」(篠田万穂・お茶の水女子大自然科学系助教 30歳)

「日本社会では、まだまだ女性は結婚して家事の中心を担うという意識や社会的なプレッシャーが強くあるように感じる。研究者は勤務先や雇用形態が安定するまでに時間がかかる場合も多いため、簡単には選びにくい社会のように感じる」(小林希実・沖縄美ら島財団総合研究センター主任研究員 42歳)

「子供には男子向き、女子向きおもちゃ、と限定しないで、顕微鏡のおもちゃ、観察すること、どうして、を突き詰めること、電子工作、大工仕事や機械の分解、天体観測、料理(これは化学であり農学)や裁縫(トポロジー)いろいろな体験をさせてあげてほしいです」(生命工学 大学准教授)

◆「職場」の壁

「海外と比較して、大学側・企業側が男女ともに子育てに対する理解が欠けている印象を受ける。早退のしにくさ、会議の時間帯、土日に学会や学校行事を行う、夫婦での採用に消極的であることなど」(植物科学 大学助教)

「創立100年を超す研究所で初の女性教授となった。結果的には良かったが、そもそも目指していいものなのか、頑張ればなれるものなのか、さっぱり見当がつかず、どう頑張ればいいのか具体的に目指すものがなく不安であった」(国立大学教授 52歳)

「若手女性研究者は増加の一途であるものの、リーダーシップを取るべきポジションに女性研究者が就いている例が少ない。例えば、海外の宇宙探査では女性のプロジェクトサイエンティストが多いのに対し日本にはほとんどいないことに違和感がある」(薮田ひかる・広島大先進理工系科学研究科教授 47歳)

「ハラスメントで大学での研究から離れるしかなかった知人がいる。①セクハラ 相手は男性比率が9割超の数学の大学院生。『女性が院生室にいるのは不謹慎(誘っているのか?)』と言われていた②アカハラ 相手は医学系の研究室の教授。高圧的な言い方や心理的圧迫を受けることを苦にして、研究者をやめてしまった③マタハラ 妊娠中に切迫早産になり、入院して工学部の研究室に帰ってきたら、自身の研究機材が部屋からどかされていた。その後、企業の研究者へ転職した」(坂内博子・早稲田大先進理工学部教授 49歳)

「研究室でのセクハラがつらかった。大学の相談室では、女性ならどこで働いてもそういう被害を受けるから、その都度自分で対処するしかないと言われて絶望した。運良く就職できたので、自分の分野に関しては被害者が泣き寝入りしないようなシステムを作れたらと思っているが、本音を言うとそんな時間があったら研究したい」(数学 大学准教授)

◆続けられている理由は

「両親がいつも前向きに応援してくれた。中高大で出会えた先生方が魅力的であった。人脈や人との縁に恵まれている。学会でポスター賞などを受賞できたことが自信につながった」(中小路菫・鹿島技術研究所研究員 27歳)

「通常の博士課程は3年だが、専門の物理学・原子核実験研究分野では長期にわたる実験を行うので、博士号取得まで長い場合は10年以上かかる。私は家族に理解と金銭的サポートをしてもらえたおかげで、8年半かかって博士号を取得できた」(冨田夏希・大阪大特任研究員 34歳)

「両親、研究者の夫の理解があった。学内保育園に子供を生後2カ月で預けられた。同じ研究所内に小さいお子さんをもつ研究者が多く、上司の理解・サポートがしっかりしていたので、産休・育休中も実験を止めないでおけた」(生体関連化学 大学特任助教)

「産休・育休取得後も、会社の配慮により技術系の業務を継続できた。私の家庭環境を理解した指導教官に恵まれ、研究活動を開始して博士号を取得できた」(雪氷学 日本気象協会主任)

「運(特に出会った先生方、家族からの多大なサポート)。チームを組んでやるので、必ずしも実動部隊である必要がなく、研究指針やアイデアを出す側で貢献できる」(焼山佑美・大阪大工学研究科准教授 40歳)

「中学・高校が社会で活躍する女性を輩出してきた女子校であり、ジェンダーバイアスの少ない環境で進路を決められた。親の理解があった。計算機シミュレーションが主なため、ネット接続で自宅からも研究が可能」(平林由希子・芝浦工業大土木工学科教授 45歳)

「研究者を選んだのは、数学という学問が私の人生における最高の喜びを与えてくれるものであったから。途中で半ば諦めた時期もあったのに復活し続けてこられたのは奇跡だと思っている」(数学 大学准教授)

「育児のため、技術職のパート職に就いたことも、完全に辞めていた期間もあった。研究者である夫の理解があり、復職を果たせた。研究分野の特長があるとすれば、50代であっても経験者を雇用したくなるような、人手不足でしょうか」(宇宙地球科学 研究職)

「人的ネットワークの構築、諦めない心、少数派であることを知名度に生かす。最初の研究分野である『発生生物学』は海外ですでに女性の研究室主宰者が活躍されておりロールモデルとなった」(大隅典子・東北大副学長 61歳)

「研究が自分に合っている、好きだと思えるから。磁気ナノ微粒子の研究は注意力、観察力を持つことが大事です」(一柳優子・横浜国立大工学研究院教授)

◆識者の視点「女性いない研究分野は廃れる」

文部科学省科学技術・学術政策研究所の元所長の菱山豊・徳島大副学長(61)の話

菱山豊さん


 日本の女性研究者が少ないことは大きな社会問題だ。学生も研究者も、本来男女半々であることが原則のはずで、バランスが崩れていることは、才能豊かな女性が生かされていないことを示している。
 アンケートの結果から、女性の家庭での負担が大きいため、働きにくい日本社会の構図が強く出ている。社会に根強い「家事・育児・介護は女性」という無意識の偏見をなくさないといけない。男女が共同で家庭を運営することも必須だ。
 さらに任期制の若手女性研究者は、出産で研究を中断すると失職するリスクがあり、出産か研究か二者択一を迫られがちな現状は極めておかしい。男女ともに心おきなく育休が取れて、研究しやすい仕組みづくりが重要になる。
 任期なしの正規ポスト増加による雇用の安定化や、研究者の夫婦採用を増やすことが求められる。デジタル技術を使って、長時間の実験や観察をなくすことも大事。若年人口が減る今、女性が参入しない研究分野は廃れる。国は、若手研究者を手厚く支援し、女性を増やす必要がある。

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