<竿と筆 文人と釣り歩く>「釣り師の心境」坂口安吾

2022年4月24日 07時06分

◆戦時下の羽田の干潟 潮干狩りとシャレてみた

週末の干潮時は大勢の人が訪れる城南島海浜公園のつばさ浜。後方は羽田空港に駐機する航空機=いずれも大田区で

 無頼派と呼ばれた作家、坂口安吾が代表作の評論「堕落論」を発表したのは太平洋戦争終結の翌年、一九四六年の四月だった。
 日本人の心の支えであり、同時に呪縛でもあった武士道、皇国史観、貞節といった倫理観は、敗戦により大きく揺らいだ。そんな混乱の中で、安吾は、堕落は人間であるからだ、堕落してもよい、生きよ、と説いた。その言葉に、復興への力を得た人は多かった。
 この「堕落論」と併せて読むと興味深い一文がある。拍子抜けするかもしれないが、なんと「釣り師の心境」と題する随筆である。
 四九年に雑誌「文学界」に発表されたこの随筆で、もっとも面白いのは、戦争末期の四五年五月に潮干狩りに出かけた話だ。
 そもそも安吾は、あまり釣りには興味がないのだという。文壇仲間の井伏鱒二や三好達治らがアユ釣りなどにうつつを抜かすのを冷ややかな目で見ている。なのに海に出かけたのは次のような理由だった。
 「四面焼け野原となって後は配給も殆(ほとん)どなく、カボチャや豆などを食わされ、さすがに悲鳴をあげたという程のこともないが、半分は退屈だったから潮干狩りとシャレてみたのである」
 向かったのは羽田飛行場付近。焼けた飛行機の残骸が散らかる海で、爆弾の穴にはまりながらも、ハマグリ拾いに夢中になった。途中、空襲警報が二度もなった。敵機におびえ、海苔(のり)シビの陰に身を潜めながらも、欲念たくましく海に立ち続け、大袋いっぱいの獲物を獲た。このとき初めて釣り師の心境を味わったのだと振り返る。
 そして帰りがけ、巡査にバスはないかと聞くと、巡査は「今の日本には、足よりも確かな交通機関はないよ、君」とぽんと肩をたたいたというのだ。文はここで幕を下ろしている。
 多分、作家は、巡査の言葉が痛快でたまらなかったのだ。勝手に戦争を始めて、勝手に滅びへ向かう大日本帝国。そんな権威を鼻で笑って、自分の足で歩くと決めたのではないか。
 急に潮干狩りがしたくなってきた。羽田の海では今も貝が捕れるだろうか。調べると、空港に近い城南島海浜公園の人工ビーチ、つばさ浜には天然のアサリがわいているという。早速、出かけることにした。

航空機が離陸する羽田空港を背に潮干狩りを楽しむ家族連れ

 週末、干潮の午前十一時半ごろを狙って足を運ぶと、たくさんの家族連れなどが熊手で水際の砂を掘り返していた。素手で砂を探ってみると、驚くほど簡単にアサリが見つかった。小粒だが、天然物のせいか一つ一つの柄が違い、和服のように美しい。しかも無料。

アサリやマテガイなどの貝

 都内在住でよく来るという年配の男性が「数年前の台風以来、小粒になってしまった。でも身が詰まっていて、シジミよりもおいしいよ」と教えてくれた。
 防波堤の向こうに羽田空港があり、ときおり頭上をごう音とともにジェット機が飛んでいく。国内線なのだろうが、機影を眺めながら、四年前にチェルノブイリ原発の取材で訪れたウクライナを思い出した。
 海の向こうでは、また人が暮らす町が戦火に焼かれている。七十七年前の日本と同じだ。人間は少しも進歩していない。
 持ち帰ったアサリはみそ汁の具にして食べた。
<坂口安吾>(1906〜1955年) 新潟市生まれ。小説家、評論家、随筆家。終戦後に発表した評論「堕落論」、小説「白痴」で日本人の倫理観を解剖。
 文・坂本充孝/写真・田中健
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