<ふくしまの10年・お先に花を咲かせましょう> (1)街の気配と息づかい

2020年3月31日 02時00分

JR常磐線小高駅前の時計台=2015年撮影

 人の「気配」もまた街の一部なのだ。扉や窓が閉め切られた無人の家が並ぶ通りを歩いていて、気が付いた。静まり返ったその場所は街としての時間を停止しているようだった。
 二〇一五年一月、東京電力福島第一原発事故で、住民が避難を余儀なくされた福島県南相馬市小高区を訪れた。事故翌年の一二年四月から日中の立ち入りはできるようになったが、住むことはできない状態が続いていた。
 震災後は東京の本紙社内で、人の原稿を見るデスク作業をすることが多かった私にとっては、初めて足を踏み入れた原発事故の「現場」だった。
 目の当たりにした現実に気押されそうになる中、JR常磐線小高駅前の時計台が目に入った。常磐線は同駅を含め浜通りの広い区間で運休となったが、時計台は動き、その周辺にある花壇には花が咲いていた。
 同行したNPOの関係者が「近くの旅館の女将(おかみ)が花の世話をしているんだよ」と教えてくれた。街は完全にその息づかいを止めたわけではない。意志と体温を感じる光景を見て、救われるような思いがした。
 小高の避難指示は一六年に解除された。空白の五年を経て、街の時間はどのように動きだしているのか。花を植えていた双葉屋旅館の女将小林友子さん(67)を訪ねた。
 今は夫、三男とともに旅館を営業している。一五年当時は再開に向けて、隣の原町区にあった仮設住宅から通っていたという。
 一日二回、旅館の裏の井戸水をくんで、駅前の花壇に運んだ。「水をやりながら、花と話をしていた。人のためじゃなくて、自分にとって必要だった。リハビリだったんです」
 (早川由紀美が担当します)

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