世直しへの挑戦 本紙連載小説「パンとサーカス」刊行 島田雅彦さん

2022年4月25日 07時24分
 2020年7月〜21年8月に本紙朝刊で連載した島田雅彦さん(61)=写真=の小説『パンとサーカス』(講談社、2750円)が刊行された。政治的関心を失った民衆には食料(パン)と見せ物(サーカス)を与えておけば支配はたやすいが、誰もが自発的に服従する日本で、いかなる抵抗が可能なのか。不正隠蔽(いんぺい)の犠牲となった父の復讐(ふくしゅう)を果たすためCIAエージェントとなった男が日米両政府を欺き、日本国民のかたきをとる−。本作に込めた思いを、島田さんに聞いた。
 −米国へ奉仕することを至上とし、災厄など非常事態にかこつけて権力強化を図る日本の政治の動きと、連載は呼応しており、ライブ感がありました。
 「構想時に考えたのはフィクション、エンターテインメントで世直しは可能かということ。日本の政治的な不毛は今に始まったことではない。無能な首相のおかげで、構造的諸問題が全部露呈したと受け止めています。エンターテインメントの原点には『復讐の代行』があります。私も日頃から世界情勢に鬱憤(うっぷん)があり、書いてそれを晴らすという個人的動機もありました」
 −ラテン語で「世界の敵」を意味する「コントラ・ムンディ」もキーワードです。
 「この世界を牛耳る人たちと、それに対抗するライバルの暗躍がある。(現実世界でも)ロシアのウクライナ侵攻は、グロテスクな世界観が交錯しぶつかり合っているふうに見えます。プーチンが真性コントラ・ムンディとして再デビューという、やけっぱちな反乱に出たとも見えます」
 −本作には五十人以上もの人物が登場します。
 「かなりの群像劇になりましたが、みなさん慣れているのでは。世の中にはネトフリ(ネットフリックス)ファンが多く、四十話とかの連続ドラマも見ているので、登場人物が多く話が複雑でも、一本の筋が通っていれば読んでくれるだろうと思いました」
 −万人に奉仕するが誰にも従わない「桜田マリア」が印象的です。託宣が効果的に使われていますね。
 「世直しには、いろんなアプローチの仕方があります。宗教的動機、理念に基づく運動は、案外権力を揺るがしてきたという認識がある。宗教的な運動は成功率が高く、唯一、圧政や悪政に対抗しうるのかな」
 −良心や悪についても考えさせられます。
 「われわれは最後のとりでとして、良心の自由を持っている。良心は人間の本質の部分にあり、悪に勝る。だけど、なぜか悪に加担した方が生きやすいみたいな、ゆがんだ誤解がまかり通ってしまっていて、そのことへの根本的な、存在論的な疑問があります」
 −トリックスター(秩序を破る道化者)が求められているのでしょうか。
 「思いも寄らない、意表を突く行動に打って出る人たちは、どんな時代も待望されている。若者は本来、やけっぱちで賭博的な行動に出ることが期待されています。でも、学生を見ていると、狭い価値観の中で、受動的に、資本主義や権力構造の中に組み込まれてしまっている。だから、世の中をひっくり返してくれるような若者の一つのモデルを、(本作の)御影寵児(みかげちょうじ)と火箱空也(ひばこくうや)に託しました」
<あらすじ> 高校時代、2人で秘密サークル「コントラ・ムンディ」を作った御影寵児と火箱空也。寵児は米国留学を経て中央情報局(CIA)エージェントとなって帰国。暴力団組長を父に持つ空也は、父の知人の人材派遣会社で働くが、大物フィクサーから「世直し」を持ち掛けられ…。
<しまだ・まさひこ> 小説家。法政大国際文化学部教授。1961年、東京都生まれ。東京外国語大ロシア語学科在学中の83年、『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー。2006年『退廃姉妹』で伊藤整文学賞。20年『君が異端だった頃』で読売文学賞。川崎市在住。

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