再審法を考える 桐山桂一・論説委員が聞く

2022年4月26日 08時04分
 冤罪(えんざい)事件が後を絶たない。無実を証明するため、弁護団が新証拠を見つけても、裁判所の「再審開始」の扉は重く閉ざされがちだ。再審システム自体に問題がありはしないか。刑事裁判官として「無罪」判決を数多く出した木谷明さん(84)は退官後、学者を経て弁護士として活躍中だ。再審制度はどうあるべきなのか考えてみる。

<再審法> 刑事訴訟法の再審規定。70年以上も改正されていない。証拠開示の明確な規定がないなど数々の問題点があり、再審開始の妨げになっている。

◆旧来の規定、改正必須 元裁判官・弁護士 木谷明さん

 桐山 一九八〇年代に死刑囚から再審無罪を勝ち取った免田栄さんは、日本の人権を虹にたとえ、「遠目には美しくとも、近づくと消える。実態がないのだ」と言ったことがあります。日本の刑事司法は進歩しましたか。
 木谷 昭和二十年代のような拷問がなくなった点は進歩です。でも、否認する被疑者を長時間厳しく取り調べて無理やり自白に追い込むやり方は変わっていません。否認なら、いつまでも保釈されない「人質司法」も相変わらずです。
 もっとも裁判員制度発足を契機として証拠開示の幅が広がりました。これは大きな進歩です。ただ、これに満足していてはならず、証拠開示をもっと広げないと冤罪はなくせません。
 桐山 近年も郵便不正事件や東京電力女性社員殺害事件、湖東病院事件など冤罪が相次ぎました。問題はどこにあるのでしょうか。
 木谷 警察は「こいつが犯人だ」と目星を付けると、厳しく取り調べて自白させようとします。この点は昔と変わっていません。最高検は後に厚生労働省の事務次官になった村木厚子さんの冤罪事件を契機に、検察改革で「引き返す勇気」を打ち出しました。でも、現場はなかなか期待したように動いてくれません。
 警察には引き返す勇気も立ち止まる勇気も全然見られません。その点は昔と全く変わっていないように思います。無罪判決が確定しても、警察は「今も犯人だと信じている」というコメントを堂々と出します。湖東病院事件でもそうでした。
 桐山 やってもいない犯行を認めてしまう虚偽自白の問題も見逃せませんね。
 木谷 裁判員裁判の対象事件などに限り、取り調べの一部録音・録画が取り入れられましたが、問題はその前段階である任意の取り調べなのです。任意段階で被疑者に厳しい取り調べをして無理やり「自白」させ、その後に逮捕して「自白する場面」を録画する。その場面では、被疑者もあきらめて素直に自白してしまうのです。
 今市事件の裁判員はこの「素直な自白の映像」を見せられて真実の自白と思い込んでしまいました。録音・録画は全部の事件で任意段階から義務づけるべきです。
 桐山 足利事件では旧式のDNA鑑定で「犯人」のように見えた人が、最新式の鑑定方法では逆に「犯人ではない」と。「再審無罪」になりました。科学的という鑑定に潜んでいる問題はありますか。
 木谷 DNA鑑定はもちろん無罪を証明する有力な武器です。しかし、弁護側がDNA鑑定で反論をしたくても、警察が既に鑑定試料を廃棄してしまっているケースがあります。DNA鑑定による弁護側の反論の機会を奪う警察の取り扱いは即刻改められるべきです。
 また大学の法医学教室の先生の中には、捜査当局に迎合してその意に沿う鑑定をする人がいます。捜査当局の意に沿わない鑑定をすると、警察がその先生のところに遺体の解剖依頼をしなくなるという大問題があります。
 大学の先生は解剖する遺体がないと後進を指導することができなくなり困ります。そんな事情から鑑定結果がねじ曲げられるようなことがあったら大変な問題です。
 桐山 大崎事件は本当に殺人事件なのか分からない事件です。被害者が自転車で側溝に落ちたことが原因で死んだのかもしれません。ところが、下級審で「再審決定」が出ているのに、最高裁は取り消してしまいました。
 木谷 この事件はどう考えても誤判と思われるのですが、誤りの最大の原因は、警察が最初から事故ではなく「殺人だ」と決めてかかって関係者に自白を迫ったことにあります。その上最高裁は一、二審の「再審決定」を取り消した上、事実の取り調べもしないまま自ら再審請求を棄却してしまいました。話になりません。最高裁は再審が冤罪救済のための最後の手段であるという意味を理解していないと言われても弁解できないでしょう。
 桐山 再審法の問題ですが、五百以上も条文がある刑事訴訟法のうち再審の条文は十九のみで、規定が不備だと言われています。
 木谷 これは第二次大戦後の法改正に問題があったのです。戦前の裁判手続きは裁判官が検察官から引き継いだ捜査記録に基づいて行う「職権主義」でした。戦後の法改正では、これを双方から証拠を出し合う「当事者主義」に変えたのですが、第一審の手続きの改正までで時間切れになってしまい、再審部分については職権主義の旧法の規定をほとんどそのまま使うことになりました。木に竹をついだような形になっています。
 桐山 その結果、どんな不具合が生じたのでしょうか。
 木谷 職権主義の下では検察は、集めた証拠を一件記録としてすべて裁判所に提出します。だから、弁護側も裁判所に行けば、検察官が集めた証拠を全部見られる仕組みでした。当事者主義になると、検察側と弁護側がそれぞれ自分で証拠を集めて裁判所に提出する仕組みになりました。
 検察官は、有罪立証のためにぜひとも必要な証拠(ベストエビデンス)だけ裁判所に提出すればよく、都合の悪い証拠は提出しなくてよいことになったのです。ですから、弁護側は、旧法当時のように、検察官が集めた証拠の中から自分に有利な証拠を発見することができません。これが再審段階にも尾を引きます。
 桐山 第一審の手続き自体、検察側に有利なのですね。
 木谷 そのとおりで、証拠開示規定の不備が決定的です。しかも最高裁は、昭和三十四(一九五九)年の判例で第一審の出した全面証拠開示命令を取り消しました。これによって、検察官は自分に不利な証拠を弁護側の目から隠すことが合法的にできるようになったのです。他方再審に関する規定は、先に述べたとおり「検察官がすべての証拠を裁判所に提出する職権主義」を前提としています。それなのに、再審段階でも証拠開示の規定はありません。
 桐山 弁護側にはそもそも強制的に証拠を集める権限がありません。その差を埋めるのは大変です。
 木谷 そのとおりです。先に述べたとおり、裁判員制度の導入を契機に第一審の手続きに証拠開示の規定がある程度作られましたが、まだまだ不十分です。
 桐山 手続き規定がないのをいいことに、再審請求があっても平気で二年、三年と放置する裁判官さえいると聞いています。
 木谷 検察官が裁判所の証拠開示に関する命令や勧告に応じない不誠実な対応をすることもよくあります。もう一つの大きな問題は検察の抗告権です。せっかく裁判所が再審開始を決めても検察がそれに反対して抗告申し立てをすると、審理はさらに長引きます。不服があるのなら再審裁判の中で述べればいい。検察の抗告権は廃止すべきです。これだけ大きな問題があるのに、法務省は再審法改正に動こうとしません。議員立法でやるしかないのですが、関心を持つ国会議員が少ないことも残念です。しかし、「無辜(むこ)の救済」のためには、再審法の改正が絶対に必要です。

<きたに・あきら> 1937年、神奈川県生まれ。東京大法学部卒。最高裁調査官などを経て東京高裁総括判事で退官。法政大法科大学院教授の後、弁護士に。人権派の裁判官としてテレビドラマのモデルにもなった。著書に『刑事裁判のいのち』(法律文化社)『違法捜査と冤罪』(日本評論社)『「無罪」を見抜く』(岩波書店)など。


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