今も色あせない尾崎豊さんの魅力 26歳で亡くなって30年 いとこを訪れる若者のファンも

2022年4月26日 12時00分
 「15の夜」「卒業」などの曲で知られ、当時の若者を中心にカリスマ的な人気を誇ったシンガー・ソングライター尾崎豊さんが26歳で亡くなって30年。いとこの榊原要さん(73)=愛知県半田市=の自宅には、その素顔に触れたいと今もファンが訪れる。亡くなった後に生まれた若い人もおり、世代を超える尾崎さんの魅力を榊原さんは感じている。(三宅駿平)

カガシヤの前で写真に収まる尾崎豊さん㊨と榊原要さん=愛知県半田市で(榊原さん提供)

 「言いたいことが多いのか、字余りな歌詞だと感じた。でも10代の悩みがストレートに表現されていた」
 尾崎さんの父健一さんのおいである榊原さんが、尾崎さんの初期の曲への愛着を語った。2人は1985年2月、名古屋市内の尾崎さんの公演先で初対面し、榊原さんは「とがったやつと思っていたが、しっかりあいさつする好青年だった」。その2年後、尾崎さんが健一さんの故郷・知多半島を旅した際、榊原さんと夜通し語り合って親交が深まった。
 92年4月25日、尾崎さんがこの世を去ると、榊原さんはしのぶため、半田市内で営んでいた喫茶店に尾崎さんの写真を収めたアルバムや遺品のギターを置いた。台湾など海外からもファンが集まり、「ステージを降りた尾崎さんはどんな様子なのか」と聞かれると、榊原さんは「普通のお兄ちゃん」と答えた。

尾崎さんが練習用に使っていたギターを手に持つ榊原さん=愛知県半田市で

 13年ほど前に店を閉めてからも年に数人、自宅を訪ねてくる。尾崎さんが亡くなった後に生まれたとみられる若者たちもいる。今年1月に来た三重県の中年男性は、虫眼鏡を片手に遺品のギターを鑑賞。ギター本体のメーカーに合わせたストラップをプレゼントしてくれた。
 亡くなってから30年たった今も、多くの人たちの心をとらえる尾崎さん。榊原さんは「何が心に響いたのかは人それぞれ」と語りつつ、「好きな人がずっと好きでいてくれたらいい」と続けた。

◆尾崎さんから届いた年賀状も

 榊原要さんはアルバムに、約60枚の写真とともに尾崎さんのゴルフのスコアカードなどを収めている。尾崎さんから届いた年賀状には、榊原さんが喫茶店を営んでいたことにちなみ「コーヒーの香り豊に暖かさ」とつづられている。

尾崎さんが榊原さんに宛てた年賀状=榊原さん提供

 尾崎さんの父健一さんが兄である榊原さんの父に、息子のデビューに対する思いをつづった手紙もある。
 健一さんは、学業との両立を条件に尾崎さんに音楽活動を認めた経緯などを説明。結局、尾崎さんの高校中退で約束は守られなかったが、「決してうまくはないけれども 彼の悩みや苦しみが そこにはにじんでいるようには思います」と、息子のレコード発売を応援する言葉で締めくくっている。

関連キーワード


おすすめ情報