「桜を見る会」夕食会補塡問題 略式起訴された配川博之・元公設第一秘書の供述全文「不正、十分理解していた」

2022年4月26日 21時00分

◆変えれば辻褄があわなくなる…毎年記載せず

そして、私は平成25年分の後援会の収支報告書を作成、提出するに当たり、私の指示で、地元事務所で後援会など地元の関連政治団体の会計収支報告書の作成事務を担当させていた丙から、夕食会について、後援会の収支報告書に載せなくてよいか確認された際にも、丙には、載せなくてもよい旨指示しました。私としては、これまでお話ししたように、ホテル側との契約事務などを実際に担当していた議員会館事務所側が請求書などを送ってこず、何らの指示や連絡すらしてこなかったこともあり、後援会の収支報告書には、本来記載すべき夕食会の収支を記載しないと認識していたので、丙に対してもそのような意味合いで、後援会の収支報告書を載せなくてもよい旨伝えたのでした。
そして、長年、地元事務所で後援会の収支報告書の作成作業を担当し、夕食会が後援会主催の宴会であることも知っていた丙は、本来夕食会の収支は後援会の収支報告書に記載すべきものと理解しつつ、私の指示に従って、平成25年4月の夕食会にかかる収支は一切載せない内容で、平成25年分の後援会に収支報告書を作成してくれましたから、会計責任者であった私はその内容のまま、丙に平成26年5月に山口県選挙管理委員会に提出されたのでした。
その後、平成26年以降も、平成31年までの間、毎年4月に開催される桜を見る会の前日に、都内のホテルにおいて、後援会の主催で夕食会を開催していましたが、毎年分の後援会の収支報告書に夕食会に収支を記載したことは一度もありませんでした。
もちろん、私としても平成26年4月以降の夕食会も後援会の主催で開催しましたので、その収支を後援会の収支報告書に載せる義務があることははっきり認識していました。ですから、後援会を含む地元の関連政治団体の会計や資金管理を取りまとめ、後援会の代表者等を務めていた私は、本来、ホテル側との契約交渉などを担当していた乙ら議員会館事務所の関係者から連絡がなかったとしても、丙に指示し、きちんとそれら実際の収支を後援会の収支報告書に記載し、提出すべきことは当時から分かっていました。ですが、私自身、乙ら議員会館事務所側に事務的な対応を任せきりにした上、特に乙らから指示を受けたり、こちらから確認することなく、また先ほどもお話ししたように、平成25年4月の夕食会について、丙に指示をして、あえてその収支を平成25年分の後援会の収支報告書に記載しなかった以上、平成26年以降に開催した夕食会についても、方針を変えてその夕食会の収支について収支報告書に記載するなどすれば、かえってそれまで記載なかった夕食会の収支についても修正の上、記載しなければ辻褄があわなくなることにもなりましたから、平成26年以降、そのような事情も毎年積み重なって、ますます夕食会にかかる収支をもはや載せるわけにはいかなくなり、丙に毎年毎年夕食会にかかる収支を全く記載しないまま後援会の収支報告書を作成させ、提出させ続けてしまったのでした。
このように私の判断で丙に夕食会の収支を後援会の収支報告書に記載させず提出させていた状況は、私が平成28年12月に後援会の会計責任者を退き、名目上、甲を会計責任者に就任させた後も変わることはありませんでした。いずれにしても、後援会の会計責任者または、会計責任者である甲を補佐する立場であった私が、平成25年以降、収支報告書の作成作業を担当していた丙に指示をして、毎年夕食会にかかる収支を全く記載しないまま、後援会の収支報告書を策定し、提出し続けてしまったことは間違いなく、私自身がその責任を負うべき立場にあることは十分に理解していますし、深く反省しているところです。
配川博之
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