7年おいしいパン 発想の源は180年前の兵糧レシピ 函南の石渡浩二さん開発

2022年4月30日 08時06分

江川英龍が残した製法書への思いを新たにする石渡浩二さん=函南町で

 このところ各地で地震が相次ぎ、災害時の備えは喫緊の必要がありそう。その際の防災グッズに欠かせない長期保存が可能な食糧として、函南町のパン製造販売業、石渡食品の「賞味期限七年」のパンが耳目を引いている。経営する石渡浩二さん(70)が世に出した「防災パン」の源は百八十年前、地域の傑物が兵糧用に焼いた「日本初のパン」だった。(藤浪繁雄)
 スティック状、ナッツやチョコの風味、クッキーのような食感…。どれも七年はおいしく食べられる。「手早くカロリー摂取でき保存食や非常食に適している。そんな時でもおいしく味わってほしい」。石渡さんは願いを込め、研究と試作を重ねた。探究心によって誕生した商品はいま、国の機関や東京都内の自治体、各地の幼稚園や保育園などの備蓄品となっている。大規模災害の頻発により、自治体などから注文や引き合いが増えているという。

江川邸の石窯を使って再現された「パン祖のパン」=伊豆の国市で(2015年撮影)

 同社は県東部の学校給食のパンを多く請け負い、自社店で多彩なパンの販売もしている。その傍らで石渡さんは長期保存できるパンの開発も続けている。きっかけは「日本のパン祖」と称される韮山代官、江川英龍(ひでたつ)(一八〇一〜五五年)が残した製法書だった。
 伊豆の国市にある江川家住宅(江川邸)で見つかったレシピは、長崎で西洋料理を習得した人から伝授された作り方を基にしているという。折しも欧米列強がアジア進出を競っていた一八四二年、幕臣として西洋式兵法を研究していた英龍が兵糧用に初めて焼き、「干し飯に代わる」と手応えをつかんだ。
 祖父が興した製パン業の家に育った石渡さんは韮山高校時代、同校の「学祖」とされる英龍を知り、特に「パン祖」の由来に強く引かれた。以来、英龍の功績を顕彰する活動も力を入れてきた。

石渡さんが手掛けた長期保存可能なパン

 「日本初のパン」から百五十年の一九九二年、江川家住宅の石窯でレシピ通りに再現。イースト菌の代わりに、日本酒醸造の際に生じる酒種を使うなどして長時間かけて焼き上げた。水分が飛び堅くなった仕上がりに「これで一年は保存可能で陰干しすればもう一年は持つ。現代の非常食や保存食にも適用できるヒントになった」と実感した。「パン祖のパン」として売り出した。
 改良を重ねて生み出したスティック状の商品は、発売から数カ月後に起きた一九九五年の阪神大震災の際、「これを食べて生き延びることができた」という被災者の声がメディアで紹介され、売れ筋となった。最近では米陸軍の携行食をアレンジした「クランチバー」もヒットしている。
 保存技術の向上にも尽力し、「パンの劣化の原因となる油の酸化を防ぎ、熱と紫外線を遮断することが重要」という。袋の材質や脱酸素のノウハウにもこだわり、「少なくとも七年は大丈夫」という商品を多く世に出した。
 現在の悩みはロシアによるウクライナ侵攻の影響で、原材料や燃料が急騰していること。頭は痛いが「ぎりぎりのところでやっている。少しでも社会の役に立てれば」と「パン祖」英龍に思いをはせ、気概を見せる。

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