日本国憲法の現在地

2022年5月3日 07時58分
 日本国憲法の施行から三日で七十五年。「押し付け」との批判も受けながら、一度も改定されることなく、今日に至っている。一方、状況は常に変化し続けている。収束しないコロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻で揺れる世界の中で、憲法が置かれた現在地とは。

<日本国憲法> 1946年11月3日公布、47年5月3日施行。「文化の日」「憲法記念日」となった。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義が基本原理。前文と103の条文で構成。9条は、1項が戦争放棄、2項が戦力不保持と交戦権の否認。25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」との文言で生存権を保障。21条は「言論、出版その他一切の表現の自由」を保障している。

◆9条の理念を世界に 作家・活動家 雨宮処凛さん

 二十二歳のとき、反米の右翼団体に入りました。押し付け憲法が堕落の象徴だと聞かされるまま、読んでもいないのに私も「憲法改正」と言っていました。初めて憲法を読んだのは二十四歳のときです。
 その団体で憲法をテーマにしたディベートがありました。憲法前文を読んだ私は、うっかり感動してしまいました。その理想の高さ。日本一国でなく、世界を見ていることにも驚きました。憲法に感動する自分は右翼ではない。団体を抜けるきっかけの一つになりました。
 三十一歳の頃から貧困問題に関わる活動を始め、憲法に出会い直しました。貧困問題に取り組むため、何か「使える道具」はないかと探していました。行き着いたのが、生存権を保障する憲法二五条です。
 今、生存権が守られているかと言えば、とてもそんな状況ではありません。コロナ禍で事態は深刻化しています。ホームレスになった、何日も食べていない、コロナ陽性で自宅療養中だが、お金も食料もなく餓死しそう。そんなSOSが私も所属する「新型コロナ災害緊急アクション」に連日届いています。公助からも排除された困窮者が日々膨大に生み出されています。
 生存権の保障も、平和が前提になります。日本は、あの悲惨な戦争を経験し、戦争を放棄しました。切実な願いであり、壮絶な覚悟です。海外で活動するNGOの方は「自分たちの活動は憲法九条に守られている」と言います。戦争をしない国だから信頼されるのだと。
 ロシアのウクライナ侵攻を受け、日本でも不安が広がっています。核をシェアしようという主張も出てきました。しかし、戦争を放棄した国として、唯一の被爆国として、原発事故を経験した国として、日本にできるのは、九条の理念をより高く掲げることです。こういう道もあると世界に示すことです。
 護憲派と改憲派は、使う言葉も関心の対象も違い、議論さえできません。お互いに相手を攻撃するだけ。実は、ここが一番問題なのではないかと思っています。長い年月を経て、分断は深まっているように感じます。
 戦争が起きてしまった今、護憲派も改憲派も同じ不安を抱えていると思います。大切なのは立場や意見が異なる人の不安に対し、答えられる言葉を持つことではないでしょうか。 (聞き手・越智俊至)

<あまみや・かりん> 1975年、北海道生まれ。2000年デビュー。06年から貧困問題に取り組む。『コロナ禍、貧困の記録』『祝祭の陰で 2020−2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』など著書多数。

◆問われる「平和主義」 東京外国語大教授・伊勢崎賢治さん

 ウクライナ戦争は、日本国憲法と安全保障に関わる議論を根本的にやり直す機会になると思います。
 まず、実際に日本で戦闘が起きたらどうするか。共産党の志位和夫委員長までが「日本有事の際は自衛隊を活用する」と発言する事態になりました。
 戦闘で問題になるのは、捕虜虐待などの戦争犯罪。交戦は国際人道法にのっとって行われるべきだからです。ところが日本には戦争犯罪を法治国家として適正に処理する法文がない。軍事法廷も軍事裁判所もないのです。日本は国際人道法を無視した無法国家と言われても仕方がない。つまり戦える体制にないのです。安倍晋三元首相の言う敵中枢の攻撃など論外です。
 こういう事態について僕は以前、憲法九条二項を「日本の領海領空領土内に限定した迎撃力を持つ。その行使は国際人道法にのっとった特別法で厳格に統制される」に変える改正案を提案したことがあります。九条の精神を生かした現実的な提案のつもりでした。もっとも今は、九条改正を待つのではなく自衛隊法などの改正による事態の打開を考えていますが。
 次に、日本国憲法の平和主義とは何か。僕は反戦であり非戦であると思うのですが、反戦だけを言い、非戦を考えない人が少なくないようです。
 非戦とは起こってしまった戦争を一刻も早くやめさせること。ロシア、ウクライナ両国に停戦を呼び掛けることが、平和主義の日本の役目だと思います。宮沢賢治が言う「ツマラナイカラヤメロ」(「雨ニモマケズ」)ですね。僕はそれこそが九条の精神だと思っています。でも、そういう意見は少数派。反戦を叫び、ロシアが悪いと言い続ける人が多い。
 しかし、西側諸国対ロシアを民主主義対専制主義といった対立の構図でとらえていいのか。この図式は西側のプロパガンダではないでしょうか。もちろん二月から始まった戦闘を出発点とすればロシアが侵略国であるのは明白です。しかし、この戦争を長いスパン、冷戦とその終結後何が起きたかを前提にしたらどう見えるか。そういう視点で対立構造を相対化すれば、両陣営の対話を促すこともできるはず。日本は大国の緩衝国であるという自覚を持つべきです。それこそが私たちが守るべき憲法の精神ではないでしょうか。 (聞き手・大森雅弥)

<いせざき・けんじ> 1957年、東京都生まれ。世界各地で平和維持や紛争解決に当たり「紛争屋」を自任。『主権なき平和国家』(共著)『新国防論』『本当の戦争の話をしよう』など著書多数。

◆表現の自由、守らねば 東京芸術大非常勤講師・川嶋均さん

 二〇一七年に「芸術と憲法を考える連続講座」を始めました。学内に告知のポスターを張ろうとしたら、職員に「こんな政治的な取り組みをするのですか」と驚かれたことがあります。でも僕の中で憲法は政治というより、生活の根源に関係するものではないか、という思いがあります。もちろん政権を縛る道具ではありますが、何よりも僕たち一人一人の生きる土台。表現の自由はその一つです。
 戦時中、表現の自由が脅かされる事件がありました。生活をありのままに描かせる美術教育に関わった教師や学生らが治安維持法違反で逮捕された「生活図画事件」です。凶作で苦しむ農村を救おうとポスターを描いただけで、資本主義の転覆を目指しているなどとされました。
 捕まった人たちの罪は「目的遂行罪」。最初は共産主義を取り締まるためとの説明で作られた治安維持法が、帝国議会閉会中に緊急勅令で改正され、共産党員でなくとも国体変革の目的遂行に寄与していると当局が認定すれば牢屋(ろうや)に入れられる恐ろしい法律に変貌を遂げたのです。これにより普通の読書会、演劇活動、俳句の会にまで手が及ぶようになりました。
 生活図画事件は過去の問題とは言えません。今、改憲論議で取り沙汰される「緊急事態条項」というのはまさに、緊急下に国会の議決権を奪い、内閣が立法措置を行えるというものです。ウクライナの戦争でプーチン大統領によるロシア国内の専制政治が注目されていますが、僕には対岸の火事とは思えません。
 美術や音楽の教育と同じで、社会を考えるにもそれなりの訓練が必要です。それなのに最近は学校で憲法をあまり教えない。九条を載せていない教科書さえ使われている状況です。今着実にそういう教育を受けた子どもたちが育ってきていて、学生たちはつねに周囲の目を気にし、社会や政治についての発言や行動が、就職に響くのではと恐れています。これが自由と民主主義が尊重される健全な社会と言えるでしょうか? 
 「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」という条文が僕は気に入っているんです。憲法を政府に守らせるために声を上げるというのは最初の一歩、私たちが最低限やらなければならないことだと思っています。 (聞き手・長尾明日香)

<かわしま・ひとし> 1961年、東京都生まれ。「自由と平和のための東京芸術大学有志の会」呼び掛け人。「芸術と憲法を考える連続講座」の企画・運営などを担当。専門はドイツ演劇。


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