<子どものあした・かつてのヤングケアラーから 今しんどいあなたへ>(上) 「一人じゃない」伝えたい 母が精神疾患を発症・小林鮎奈さん

2022年5月5日 07時21分
 「ヤングケアラー」と呼ばれる子どもたちがいる。大人に代わって家事や家族の介護などを日常的に担っており、心身の負担や学習の遅れ、友だちとの関係がうまく築けないなど、さまざまな影響を受けている。元当事者らに、自身の体験を通して今しんどい思いをしている子どもたちや社会へ伝えたいことを聞いた。

精神疾患の母と向き合ってきた経験を語る小林鮎奈さん=東京都内で

 同じ話に何度、相づちを打っただろう。看護師として働く小林鮎奈さん(31)は青春時代、精神疾患がある母の話し相手となる日々を過ごした。「ヤングケアラー」の一人だった。
 小学二年生のとき、母が突然発症した。妄想や幻聴の症状がある統合失調症と、そう状態とうつ状態を繰り返す双極性障害。六年生になって初めて父から病名を告げられたが、よく理解できなかった。
 いつもは優しい母はひとたび調子を崩すと、落ち込んで泣いたり、だるそうに寝込んだり。「何でうちのお母さんはだらしないの」。友達の親と比べ、そう口走ったこともあった。
 家族など周囲に対する脈絡のない話も繰り返し聞いた。耳を傾けたのは父や兄ではなく、主に小林さん。神経はすり減り、次第に自身の心も不安定になる。
 中学に入ると自暴自棄になり、自傷行為もした。学校に行かず、家にもいたくない。友達と外で遊ぶことで気を紛らわせた。
 母の病気に向き合ったのは高校生になってから。インターネットで精神疾患の情報を調べ、「だらしない」と責めるような言葉が病状を悪化させていたかもしれないと知った。
 振り返れば、つらそうな様子でもお弁当を作り、学校への送り迎えもしてくれた。「母なりに頑張ってきてくれたんだ」と罪悪感が募り、「母を何とかしたい」と思うようになった。
 だが、孤独と偏見が立ちふさがった。
 病気を認めたくない母は通院と服薬を嫌がり、病院には「連れてきてもらわないと何もできない」と突き放された。地域で白い目で見られるのを恐れ、役所の窓口に相談することもできず、家庭の中で抱え込むしかなかった。

◆「家族会」救いに 自らも仲間と語り合いの場開く

 転機が訪れたのは、親元を離れた看護学生のころ。精神疾患の患者の家族が集う「家族会」の存在を知り、そこで同じ子どもの立場の人たちと出会った。
 「私の体験なんて大したことないんだけど…」。これまで胸に秘めてきた感情を打ち明けると「いや、大変なことだと思っていいんだよ」。こう力説され、初めて自分の生き方を肯定してもらえた気がした。
 そんな仲間たちと二〇一八年、「精神疾患の親をもつ子どもの会(こどもぴあ)」を立ち上げた。悩みを語り合える場を開き、「ひとりじゃない」というメッセージを共有する。

こどもぴあのオンライン集会。仲間の話に共感したときに「わかるぅ」の札を上げる(小林さん提供)

 還暦を過ぎた母はここ数年、病状が安定し穏やかに暮らしている。「ケアの経験はマイナスだけではなく、母を通して見てきた世界があるから今がある」と小林さん。東京都内の精神科病院に勤めながら、県西部で訪問看護に携わっている。
 それでも、思う。「あのとき味方になってくれる大人がいたら」と。だから、患者には子どもの状況を聞き、機会があれば意識的に子どもに声をかける。「病院や学校、地域といろんな場所に網を広げ、子どもの小さな異変を見過ごさず、気にかけることが大事」
 ケアラーの生きづらさを少しでもほぐしたい。「一人で悩まないでほしい。助けてくれる人は必ずどこかにいる」。そのためにできることが自らにあると信じている。(近藤統義)

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