<子どものあした・かつてのヤングケアラーから 今しんどいあなたへ>(中)「自分を追い込まないで」 認知症の祖母を介護・野口由樹さん

2022年5月6日 07時29分

祖母の介護を約10年間続けてきた野口由樹さん=いずれも草加市で

 大好きだった人が別人に変わっていくようだった。草加市に住む野口由樹さん(33)は、物心つくころには「おばあちゃん子」だった。その祖母が認知症になったのは高校二年生のとき。約十年間続くことになる長い介護の始まりだった。
 両親と祖母、弟と妹との六人暮らし。ケアを中心的に担った母だけでは手が足りず、「家族だから協力して当たり前」と手伝うようになった。通院の付き添いや入院中のお見舞い、トイレの介助…。救急車に同乗したことも一度ではない。
 父は仕事で留守が多く、小中学生だった弟妹は病状をよく理解できずに祖母との距離が生まれた。一つ屋根の下にいても当てにできなかった。「何で関わってくれないの」。家族関係が悪化し、いら立ちで心がざらついた。
 そんな話を友人や先生には打ち明けられなかった。言っても受け止めてくれないのではないか。「その年齢で…」と特別視もされたくない。一人の「普通」の高校生として扱ってほしかった。
 ため込んだ感情は心身の不調となって現れた。自分の部屋にこもるようになり、食事がのどを通らなくなった。過呼吸のような発作も出た。大学は二年でやめた。
 将来が見えない中、支えになったのはケアの経験だった。ヘルパーの資格を取り、高齢者施設での仕事を得た。多くの利用者と接するうち心に余裕が生まれ、祖母の愚痴を聞いてもらうこともあった。

2015年5月、デイサービスの外出行事で祖母の食事に付き添う野口さん(左)(本人提供)

 「ヤングケアラー」という言葉を初めて耳にしたのは二十五歳のころ。「これって私のこと?」。悩みを抱えた介護者が交流する「ケアラーズカフェ」の存在も知った。自分には縁がなかった居場所を、必要とする誰かのためにつくろう−。そう思い立った。
 その二年後、祖母は八十六歳で逝った。在宅でのケアが難しくなり、入所させていた施設でみとった。自らの役割がなくなったような気がしたが、目標は見失わなかった。
 昨年八月、念願だった「ケアカフェ碧空(りく)」を始めた。月に一度、ヤングケアラーがオンラインで相談できる場を開く。参加者はまだ少ない。それでも、活動を知った年配の人に「若いケアラーに関心が向くようになった」と声をかけられたのがうれしかった。
 「個々のケースで必要な支援につながっていく場にしたい。自分自身を追い込まず、今の気持ちを話してみてほしい」と野口さん。ケアを受ける人だけではなく、子どもを含む家族全体を丸ごと見守る。そんなまなざしが社会に広がっていくことを願っている。(近藤統義)

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