ドンキにはなぜペンギンがいるのか 谷頭和希著

2022年5月8日 07時00分

◆地域の絆深める ハレの場
[評]稲田豊史(ライター・編集者)

 三浦展(あつし)が『ファスト風土化する日本−郊外化とその病理』で、チェーンストアによる地域共同体の破壊を批判的に論じたのが二〇〇四年。以降我が国では、チェーンストア害悪論を唱えることが「一定以上に良識的な人間」であることを示す知識人の仕草(しぐさ)として定着した。そこに若き書き手が反論する。一大ディスカウントチェーン、ドン・キホーテへの大いなる愛をもって。
 ドンキはかつて、ヤンキーのたまり場であるというバッドイメージに悩まされていたが、本書はむしろそのイメージを逆手に取る。ドンキをヤンキーが出没しがちな「祭り」に見立てるのだ。「祭り」は非日常な“ハレ”の場だが、地域共同体との連続性は保っている。同様にドンキも、売り場はジャングルのように非日常だが、外観を街に馴染(なじ)ませる努力は怠らない。つまり地元で絆を深めるヤンキーや地域の「祭り」と同様、地域共同体を破壊するどころか作っている、というわけだ。
 「ヤンキー×祭り」と言えばカツアゲ、などというゲスな連想には目もくれない著者のやさしさ。もはやチェーンストアは生活の中になくてはならない存在である、という実感あっての切実な現状肯定がそこにある。昔ながらの商店街とは違った意味での現代人の癒やしの場所なのだから、憎むのではなく、もういい加減(かげん)認めようよという態度も、実に二〇二〇年代的だ。実際、著者には幼い頃に両親とドンキで遊んだ楽しい思い出があり、今の中高生にとってファストフードチェーンが重要なサードプレイス(第三の居場所)であることも自明だ。
 本書ではドンペン(ドンキのマスコット)の機能を、「ビルの角からこちらの世界に飛び出すかのように、両手を広げて私たちを待ち受けてい」る存在だとする。あの漫画チックなペンギンが街の景観を壊すと腹を立てるのか、ドンキの店内が象徴する多様な価値観のカオスに手招きするフレンドリーな門番と捉えるのか。二〇二〇年代において自分が「一定以上に良識的な人間」であるかどうかが、あらためて問われている。
(集英社新書・924円)
1997年生まれ。ライター。批評観光誌『LOCUST(ロカスト)』編集部所属。

◆もう1冊

東浩紀、大山顕著『ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市』(幻冬舎新書)

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