幸村を討て 今村翔吾著

2022年5月8日 07時00分

◆真田家の野望、明らかに
[評]細谷正充(文芸評論家)

 今年、『塞王の楯』で直木賞を受賞した今村翔吾が、新たな戦国小説を上梓(じょうし)した。大坂の陣を舞台に、真田家の野望をミステリー・タッチで描いた意欲作だ。
 徳川家康にとって、二度も煮え湯を飲まされた真田家は、目障りな存在であった。とはいえ敵視していた真田昌幸は蟄居(ちっきょ)中に死亡。ふたりの息子のうち、兄の信之は徳川家に仕え、豊臣家の牙城となった大坂城に入った弟の信繁は、たいした武勲がない。ただ入城の際に信繁から幸村と名前を変えたことが、ちょっと気になっている。
 そして冬の陣が始まると、出城を造った真田家が活躍。さらに夏の陣では家康の陣に迫る。ところが幸村は、家康の命を奪えたのに、そうしようとはしなかった。なぜ幸村は、家康を見逃したのか。そもそも幸村の目的は何だったのか。疑問は深まる。
 という家康視点の物語を冒頭にして、さまざまな人物による大坂の陣が綴(つづ)られていく。メンバーは、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達政宗、毛利勝永だ。元忠が、ややマイナーだが、その他は戦国小説でお馴染(なじ)みの人物である。だが作者の手にかかると、知っているつもりの彼らの人生が、新鮮な気持ちで楽しめる。それぞれの想いや望みを抱いて、大坂の陣に集った男たちのドラマは、どれも読み応えがあった。
 しかも彼らと幸村との絡みから、しだいに真田家の目指す場所が見えてくる。ミステリーの謎が、徐々に解かれていくような展開に、ページを繰る手が止まらない。
 これでだけで、満足できる内容だ。だが作者はラストに、家康と信之の対話を置く。まるで名探偵のように、真田家の目的を明らかにしていく家康が愉快だ。ただし読者の立場からすれば、もう分かっていること。この対話にどのような意味があるのかと思っていたら、幸村と名前を変えた理由と、タイトルにもなっている「幸村を討て」という言葉の使い方に仰天した。今までにない大坂の陣と幸村像を、最後の最後まで、大いに堪能したのである。
(中央公論新社・2200円)
1984年生まれ。作家。著書『童の神』『八本目の槍』『じんかん』など。

◆もう1冊

佐々木功著『真田の兵ども』(角川春樹事務所)。戦国を生き抜く真田家を描く。

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