理想の美男をエロチックに…イケメン描いて15年 「少数派」日本画家・木村了子さんのこだわりとは

2022年5月8日 12時00分

美しい男性の後ろ姿を描いた掛軸の前で話す画家の木村了子さん=東京都町田市で

 満月の下、無精ひげを生やした少し粗野なイケメンがお尻を向け、全裸で牛乳瓶を手にしている。男性的な筋肉の付いた背中をなまめかしくくねらせる。床の間につられた「月下美人図」だ。下半身が魚やサメになった男、イカやカメに変化した男…。さまざまなタイプのイケメンが海の生物になり、縦1.7メートル、横3.4メートルの金びょうぶの海を泳ぐ「龍宮楽園図屏風びょうぶ」が壁の一面を覆う。

◆美術館から引っ張りだこ、CDジャケットにも

 日本画で描かれたイケメンたちに囲まれた部屋は異空間を思わせる。しかし、ここは東京都町田市内にある木村了子(50)の自宅兼アトリエ。周囲の住宅と変わりない一軒家の和室だ。木村は基本的にここで絵を描いている。
 ここ数年、木村の描くイケメンは美術館のグループ展でも引き合いが相次ぐ。
 今年1月~3月、栃木県立美術館で開かれた「日本画のゆくえ」、昨年は埼玉県立近代美術館などで開かれた美男画展「美男におわす」などに出品した。2019年には、新潟県燕市の国上寺の本堂に、源義経や弁慶、上杉謙信らゆかりある人物を描いた「イケメン偉人空想絵巻」を発表した。
 20年にリリースされた作詞作曲・桑田佳祐、歌・坂本冬美のCD「ブッダのように私は死んだ」のジャケットに描かれた坂本の絵は木村が担当した。歌手・椎名林檎のライブ会場で配られたグッズの挿絵に使われたこともある。

◆東京芸大で油絵を学び、そして描けなくなる

 美術展に出品し、有名アーティストにも採用される木村の作品。しかし、早くからこの作風を確立したわけではない。それどころか、日本画を描き始めたのも30歳になるころからだ。
 子どものころから絵を描くのは好きで得意だったが、美大の受験勉強を始めたのは高校2年の夏から。現役で多摩美術大に合格したが、翌年に東京芸大を受け直し油絵を学んだ。
 何となく作家志望ではあったが、同級生は何浪もし、絵を描くのがうまいのはもちろん、自分のスタイルを既に確立していた。「周囲は超絶に上手な人ばかり。『なぜ私が入ったんだろう』と落ち込み、絵を描けなくなった。在学中は自分のスタイル、技法を探して放浪していた」
 大学院に進み、壁画を学び、修了制作で個展を開いた。それでも、芸術を仕事にするにはどうすればいいか分からず、何を表現したいのかもまだはっきりしない。大学院修了後は出版社に勤めた。
 仕事は楽しかったが、作家やクリエーターへの依頼、補助が中心。自分も制作は続けており、「頼むほうではなくて、自分はあっち側になりたかったんじゃないか」という気持ちが高まっていった。
 「作家になりたい」「創作活動をしたい」。その気持ちはあっても、表現したいもの、自分に合う手法が見つからない。現代美術の公募には落ち続けた。模索する日々が続いた。
▶次ページ「転機は父脚本のポルノ映画」に続く
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