鉄道開業150年 あの鉄道構想は、今…

2022年5月8日 16時04分
 「東京外環状線」「新幹線貨物輸送」…。開業150年を迎えた日本の鉄道史に埋もれた構想は数多い。この半世紀を振り返るだけでも、極めて密に宅地化の進んだ東京圏の変貌や、トラック主体へ切り替わった物流、そして近年、地球温暖化を受けた「鉄道復権」の動きなど、世の移り変わりが浮かび上がる。

◆東京外環状線 役割変われど 山手線の外により大きな輪

 正午前、JR新宿駅の埼京線・湘南新宿ラインのホームを、EH500形電気機関車牽引(けんいん)のコンテナ貨物列車が通過する。
 実は、品川−新宿−田端間には、山手線の内回り・外回りと並行して「山手貨物線」が走っている。今でこそ通るのは湘南新宿ラインなどほとんどが旅客列車だが、かつては東北と東海道を結ぶ貨物輸送の一大幹線だった。歴史は古く、山手線が今の環状線になった一九二五(大正十四)年に完成している。
 戦後の高度成長とともに首都圏の鉄道輸送は逼迫(ひっぱく)。六〇(昭和三十五)年ごろまでに、山手貨物線に代わる新たな貨物輸送ネットワーク「東京外環状線」構想が具体化した。川崎市から東京・多摩地区や埼玉県を回って千葉県へ、そして臨海部で千葉と川崎を結ぶというもので、現在の武蔵野線や京葉線などとかなり重なる。

埼京線も走る山手貨物線。りんかい線に直通する電車も=渋谷区で

 七〇年七月の国会答弁で当時の国鉄幹部は、ラッシュ時でさえ通勤電車は一時間に三本程度に抑えると説明した。外環状線はトラックへの積み替えにも便利な貨物ターミナルを結ぶ重要な路線だけに、人を運ぶのは二の次とされていた。
 七三年四月一日、武蔵野線府中本町−新松戸間の開業当日の朝、小学生だった私は府中本町始発の電車に乗った。長いトンネルと高架の連続は斬新な雰囲気。珍しかった自動改札機も初めて使った。周りは田畑が広がっていた。
 その後、沿線は宅地化の波にのみ込まれ、今や通勤電車の本数は三倍に。京葉線に続いて、りんかい線が二〇〇二年に全線開業した。貨物から旅客へと役割が変わったものの、ほぼ「環状線」に仕上がっている。

◆富士山登山鉄道 実現には高い山

現在、「富士山に一番近い鉄道」は富士急行線。山梨県富士吉田市を走る「富士山ビュー特急」

 「富士山の観光についても薄利多売から脱出し、高付加価値化を…」。山梨県の長崎幸太郎知事は先月一日の記者会見で、選挙公約である富士山登山鉄道構想への意気込みを語った。
 県は昨年、環境対策などとして麓から標高約二千三百メートルの五合目まで有料道路上にLRT(次世代型路面電車)を敷設する案を発表。往復一万円で年間利用者三百万人と試算したところ、「大規模工事が必要と考えられ、富士山に大きな現状変更を強いる」(堀内茂・富士吉田市長)といった異論が地元から噴き出た。
 富士山に鉄道を造るアイデアは初めてではない。JR中央線の大月駅から富士五湖の一つの河口湖まで約二十六キロの鉄道を運行する富士急行は、一九六〇年代に五合目から富士山山頂までトンネルを掘ってケーブルカーを通す「鋼索鉄道」建設を申請。その後「環境保全の立場」から取り下げていた。同社は二〇二〇年に環境対策として導入した電気バスを五合目まで走らせており、地元の登山鉄道不要論のよりどころだ。
 富士急行線は先月、社名を創業当時と同じ「富士山麓電気鉄道」に改めた。富士急行社長室の小西貴美江さんは「バスや鉄道の分社化を進めているだけです」と話すが、「麓」の強調は登山鉄道構想と一線を画す姿勢ととれなくもない。
 県の構想は、「地元とのコミュニケーション」(長崎知事)という高いハードルに直面している。

◆貨物新幹線 今こそ議論再燃の時

東京駅で東北新幹線から降ろされる北海道の鮮魚の箱=昨年11月

 「東京外環状線」の拠点である東京貨物ターミナル駅は、東海道新幹線の車両基地の隣。国鉄はコンテナ貨物を運ぶ新幹線車両の概念図を作成し、貨物新幹線の構想を進めていた。
 その後、理由が明かされないまま立ち消えに。JR東日本は現在、新幹線で鮮魚などを運んでいるものの「あくまで(小規模な)荷物」(国土交通省)だ。
 元国鉄幹部は取材に、2030年度予定の北海道新幹線の札幌延伸時に、貨物輸送に使われている並行在来線の存廃が問題になることを指摘し「東京−札幌で貨物新幹線を真剣に検討する価値がある」と語った。

◆豆知識

 1872(明治5)年5月7日(旧暦)、品川−横浜(現在の桜木町)で日本初の鉄道が仮開業した。本開業は新橋−品川間の工事が完了した同年9月(同)。
 文と写真・嶋田昭浩
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