「選別収容所」では地面に掘った穴で用を足した…マリウポリからの強制連行を逃れたウクライナ男性の逃避行

2022年5月12日 06時00分
 ■2月24日
 「マリウポリの自宅で寝ていたら、早朝に仕事に出ていたパートナーのクセニア(45)から電話があり、ロシア軍の攻撃が始まり、市内の母の自宅近くにミサイルが着弾したことを知った。爆発音が続く中で駆けつけたが、近くの学校や周辺の建物は爆風で窓がなかった。住民たちは荷物をまとめて避難して行った。母は無事だったが、離れたがらなかった」
 ■2月28日
 「ひとまず自宅に戻ったら周辺も砲撃が激しく窓が吹き飛んでおり、クセニアと息子(20)とともに、アゾフスターリ製鉄所から300メートルほど離れたクセニアの兄が住む集合住宅の地下に移った。付近住民でいっぱいになっていた。母も呼び寄せた。周辺では橋が落ち、道路では地上戦が始まっていた。外を出歩くのは難しくなった」
 ■3月2日
 「街から電気、ガス、水道が消えた。携帯電話も使えなくなった。砲撃の間を縫って、水を求めて製鉄所の隣にあるパン屋に行った。商品はなくなっていたが、製鉄所に水をくめる水場があった。4日には、4ブロック離れた場所でウクライナ軍が食事を配っていると聞き、砲撃にさらされながらもらいに行った。避難所には子供や身体が不自由な人たちも多かったから、彼らの水や食料も調達した」
 「避難所はとても寒く、病気になる人もいたが、薬はない。避難所の近くにロケット弾が着弾して亡くなる人もいたし、水場に行って戻らない人も多かった。ある日、私たちが出掛けた時に爆発があり、後ろにいた男性(28)が死亡し、その妻も負傷した」
 「亡くなった人たちは、近くの庭地に埋めた。墓は日ごとに増えていった」

ウクライナ南東部マリウポリで、集合住宅の庭に埋められた市民の墓。日時は不明(ウラジミルさん提供)

 ■3月下旬
 「亡くなった人を埋葬して戻るとき、背後で銃声と叫び声がして、振り返るとシャベルを持った女性が仰向けに倒れ、死亡していた。銃撃は激しくなり、女性を埋葬することはできなかった」
 ■4月1日
 「避難所近くに、ロシアに協力しているチェチェン共和国の部隊が戦車でやってきて、避難所の地上部にあった集合住宅を何度も砲撃した。エイプリルフールで、戦車の拡声器から何か冗談を言っているのが聞こえた」
 「砲撃の影響で避難所の3部屋のうち2部屋が使えなくなり、脱出しようと決めた。北西の中心市街地に行けば『人道回廊』で避難できると聞いていたが、橋はすべて落ちていたし、戦闘もあって進めなかった。東のロシア側に逃げるしかなかった」
 ■4月2日
 「クセニアと息子、母とともに、6〜7キロ離れたロシア側の検問所を目指した。しかし、母は高齢でそんなに歩けない。近くの親戚の集合住宅の鍵を持っていたから、そこで休んだ。すると2分後に、チェチェン人戦闘員が押しかけてきた。部屋を捜索して私たちを検査し、携帯電話などを調べた。ノートパソコン1台を奪われた」

ウクライナ南東部マリウポリで4月2日、集合住宅の地下避難所から外に出たウラジミルさんらの後ろ姿=ウラジミルさんの知人が撮影、本人提供


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